・・・圭さんも碌さんも、白地の浴衣に、白の股引に、足袋と脚絆だけを紺にして、濡れた薄をがさつかせて行く。腰から下はどぶ鼠のように染まった。腰から上といえども、降る雨に誘われて着く、よなを、一面に浴びたから、ほとんど下水へ落ち込んだと同様の始末であ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・(いいえもう結構 二人はわらじを解いてそれからほこりでいっぱいになった巻脚絆をたたいて巻き俄かに痛む膝をまげるようにして下駄をもって泉に行った。泉はまるで一つの灌漑の水路のように勢よく岩の間から噴き出ていた。斉田はつくづくかがんでそ・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・それもすぐに川をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆のきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんですから、みんなはだんだんこわくなくなりましたが、そのかわり気持ちが悪くなってきました。 そこでとうとう・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
一 午前八時五分 農場の耕耘部の農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。 まん中の大きな釜からは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆を巻いたり藁沓をはいたり、はたらきに出る支度をしていました。 俄・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・ところがその人は、すぐに河をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆の汚なくなったのを、そのまま洗うというふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんだから、ぼくらはいよいよ、気持ちが悪くなってきた。そこで、とうとう、しゅっこが云った。「お、・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・非番巡査まで非常召集され顎紐をかけ脚絆をつけた連中が内庭と演武場に充満して佩剣をならしている。 高等室では主任と宿直だけがのこり、署の入口のところに二台大トラックが止って、二人の普通の運転手がその上でだらしなく居睡りをしている。 頻・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・汽罐車だけが、シュッ、シュッと逆行していると、そのわきを脚絆をつけ、帽子をかぶった人が手に青旗を振り振りかけている。貨車ばかり黙って並んでいるところへガシャンといって汽罐車がつくと、その反動が頭の方から尻尾の方までガシャン、ガシャンとつたわ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・が合わないで地頭が見えて居たとか、メリンスの着物を着ていたとか、脚絆をはかないので見っともなかったとか云って居る。祖母も私も笑ってきいて居る。こんな時には大抵祖母の歌舞伎座だの、帝劇だのの話が出る。「小屋だけ見ても結構なもので。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・男は脚絆に草鞋がけ、各自に重そうな荷と水筒を負い、塵と汗とにまびれている。女の数はごく少く、それも髪を乱し、裾をからげ、年齢に拘らず平時の嬌態などはさらりと忘れた真剣さである。武装を調えた第三十五連隊の歩兵、大きな電線の束と道具袋を肩にかけ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・縫っているのは女の脚絆甲掛である。「なんだと」叔父は目を大きくみはった。「お前も武者修業に出るのかい」「はい」と云ったが、りよは縫物の手を停めない。「ふん」と云って、叔父は良久しく女姪の顔を見ていた。そしてこう云った。「そいつは・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫