・・・しかし一度用いたが最後、大義の仮面は永久に脱することを得ないものである。もし又強いて脱そうとすれば、如何なる政治的天才も忽ち非命に仆れる外はない。つまり帝王も王冠の為におのずから支配を受けているのである。この故に政治的天才の悲劇は必ず喜劇を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・粥ばかり啜っていさえすれば、得脱するように考えるのは、沙門にあり勝ちの不量見じゃ。世尊さえ成道される時には、牧牛の女難陀婆羅の、乳糜の供養を受けられたではないか? もしあの時空腹のまま、畢波羅樹下に坐っていられたら、第六天の魔王波旬は、三人・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 父の教育からいえば、父の若い時代としては新しい教育を受けた方だが、その根柢をなしているものはやはり朱子学派の儒学であって、その影響からは終生脱することができなかった。しかしどこか独自なところがあって、平生の話の中にも、その着想の独創的・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・人間は、一度そこへ這入ると、いかにもがいても、あせっても、その大なる牢獄から脱することが出来ない。――こゝに、自然主義の消極的世界観がチラッと顔をのぞけている。 戦争は悪い。それは、戦争が人間を殺し、人間に、人間らしい生活をさせないから・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・誰しもはじめは、お手本に拠って習練を積むのですが、一個の創作家たるものが、いつまでもお手本の匂いから脱する事が出来ぬというのは、まことに腑甲斐ない話であります。はっきり言うと、君は未だに誰かの調子を真似しています。そこに目標を置いているよう・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・「誰しもはじめは、お手本に拠って習練を積むのですが、一個の創作家たるものが、いつまでもお手本の匂いから脱する事が出来ぬというのは、まことに腑甲斐ない話であります。はっきり言うと、君は未だに誰かの調子を真似しています。そこに目標を置いているよ・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・いかにもがいても焦ってもこの大なる牢獄から脱することはできぬ。得利寺で戦死した兵士がその以前かれに向かって 「どうせ遁れられぬ穴だ。思い切りよく死ぬサ」と言ったことを思い出した。 かれは疲労と病気と恐怖とに襲われて、いかにしてこの恐・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・意味でのいわゆるジャーナリズムの一部であるように考える理由なき誤解があるのと、また一方では新聞雑誌の経営者と一般読者とが、そういうものの真価値を充分に認識しないのとで、この種の特殊文学はまだ揺籃時代を脱することができないようである。しかし自・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・下等士族の輩が、数年以来教育に心を用るといえども、その教育は悉皆上等士族の風を真似たるものなれば、もとよりその範囲を脱すること能わず。剣術の巧拙を争わん歟、上士の内に剣客甚だ多くして毫も下士の侮を取らず。漢学の深浅を論ぜん歟、下士の勤学は日・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・後世の歌人といえども、誠を詠め、ありのままを写せ、と空論はすれどその作るところのかえっていつわりのたくみを脱するあたわざるは誠、ありのまま、の意義を誤解せるによる。西行のごときは幾多の新材料を容れたるところあるいはこの意義を解する者に似たれ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫