・・・ただ、斬られたと云う簡単な事実だけが、苦しいほどはっきり、脳味噌に焦げついている。斬られた。斬られた。――こう心の中に繰返しながら、彼は全く機械的に、汗みずくになった馬の腹を何度も靴の踵で蹴った。 ―――――――――――・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・「それは斬罪があるからだけさ。脳味噌の黒焼きなどは日本でも嚥んでいる。」「まさか。」「いや、まさかじゃない。僕も嚥んだ。尤も子供のうちだったが。………」 僕はこう言う話の中に玉蘭の来たのに気づいていた。彼女は鴇婦と立ち話をし・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ですから杜子春は無残にも、剣に胸を貫かれるやら、焔に顔を焼かれるやら、舌を抜かれるやら、皮を剥がれるやら、鉄の杵に撞かれるやら、油の鍋に煮られるやら、毒蛇に脳味噌を吸われるやら、熊鷹に眼を食われるやら、――その苦しみを数え立てていては、到底・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ その紫がかった黒いのを、若々しい口を尖らし、むしゃむしゃと噛んで、「二頭がのは売ってしもうたですが、まだ一頭、脳味噌もあるですが。脳味噌は脳病に利くンのですが、膃肭臍の効能は、誰でも知っている事で言うがものはない。 疑わずにお・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「お膳にもつけて差し上げましたが、これを頭から、その脳味噌をするりとな、ひと噛りにめしあがりますのが、おいしいんでございまして、ええとんだ田舎流儀ではございますがな。」「お料理番さん……私は決して、料理をとやこう言うたのではないので・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・咽が乾いて困るんだ。脳味噌まで乾いてやがるんだ。恩に着るよ。たのむ! よし来たッといわんかね」「だめ!」「じゃ、十分だけ出してくれ、一寸外の空気を吸って来ると、書けるんだ。ものは相談だが、どうだ。十分! たった十分!」「だめ! ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・帰って来てそうそう吉田は自分の母親から人間の脳味噌の黒焼きを飲んでみないかと言われて非常に嫌な気持になったことがあった。吉田は母親がそれをおずおずでもない一種変な口調で言い出したとき、いったいそれが本気なのかどうなのか、何度も母親の顔を見返・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・こう云った時にアインシュタインの顔が稲妻のようにちょっとひきつったので、何か皮肉が出るなと思っていると、果して「自然が脳味噌のない『性』を創造したという事も存外無いとは限らない」と云った。これは無論笑談であるが彼の真意は男女の特長の差異を認・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 心臓もなければ脳味噌さえもない絵の多い事を残念に思う。もう少し数を減らせて、そして絵は下手でもいいから何かしら味のあるアマチュウアの絵でも加えたらどうであろうか。 大きな屏風に梅の化物を描いたのがある。実に不愉快な絵だと思う。不自・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・焼小手で脳味噌をじゅっと焚かれたような心持だと手紙に書いてあるよ」「妙な事があるものだな」手紙の文句まで引用されると是非共信じなければならぬようになる。何となく物騒な気合である。この時津田君がもしワッとでも叫んだら余はきっと飛び上ったに・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫