・・・東京市民が現に腐心しつつあるものは、しばしば外国の旅客に嗤笑せらるる小人の銅像を建設することでもない。ペンキと電灯とをもって広告と称する下等なる装飾を試みることでもない。ただ道路の整理と建築の改善とそして街樹の養成とである。自分はこの点にお・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・身上の事ばかり考えて、少しでもよけいに仕事をみんなにさせようとばかり腐心している兄夫婦は全く感情が別だ。みんながおもしろく仕事をしたかどうかなどと考えはしない。だからこんな事はつまらんとも思わない。ただ若いものらが多勢でやりたがるからこれに・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・そこで「国際資本団体は夢中になって、敵手から一切の競争能力を奪わんと腐心し、鉄鉱又は油田等を買収せんと努力している。而して、敵手との闘争に於ける一切の偶発事に対して独占団体の成功を保証するものは、独り植民地あるのみである。」だから、資本家は・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・お石が来なくなってから彼は一意唯銭を得ることばかり腐心した。其年は雨が順よく降った。彼はいつでも冬季の間に肥料を拵えて枯らして置くことを怠らなかった。西瓜の粒が大きく成るというので彼は秋のうちに溝の底に靡いて居る石菖蒲を泥と一つに掻きあげて・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・生きるか生きるかと云うのはおかしゅうございますが、Aの状態で生きるかBの状態で生きるかの問題に腐心しなければならないという意味であります。活力節減の方で例を引いてお話をしますと、人力車を挽いて渡世にするか、または自動車のハンドルを握って暮す・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・るようでちょっとおかしいが、私の申上げる主意はたとい弊害の多い酒や女や待合などが交際の機関として上流の人に用いられるのでも、人間は個々別々に孤立して互の融和同情を眼中に置かず、ただ自家専門の職業にのみ腐心してはいられないものだという例に御話・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・或人は熱心に、新しい日本の黎明を真に自由な、民権の伸張された姿に発展させようと腐心し、封建的な藩閥官僚政府に向って、常に思想の一牙城たろうとした。 元来、新聞発行そのものが、民意反映の機関として、またその民意を進歩の方向に導くための理想・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・に刺戟されて、社会的解毒剤たる共産党に入党したという記事があった。若き率直さをほむべきかな。「選挙対策」に腐心して、一歩一歩人民の真の必要から離れつつある政党の首領たちは、その一歩ごとに「生ける屍」となりつつある。〔一九四六年一月〕・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・しかし、市町村制改正の政府案から婦人公民権は削除され、当時、公民権賛成議員が多くて政府はその対策に腐心したと記録されている。政友民政両党から出された婦人公民権案は、ついに否決されたのであった。 ところが五年の議会ではまたこの公民権がもり・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 画家たちは殆ど一人のこらず、紙や絹の上に実にきれいにしかも出来るだけ厚く絵の具を盛り上げることに腐心している。近づいて画面を見ると、どれも蒔絵のように塗られていて、私はこういうのをも尚描くということが出来るのであろうか、塗上げ術の問題・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
出典:青空文庫