・・・おのれの生涯の不幸が、相かわらず鉄のようにぶあいそに膠着している状態を目撃して、あたしは、いつも、こうなんだ、と自分ながら気味悪いほどに落ちついた。 ドアの外で正服の警官がふたり見張りしていることをやがて知った。どうするつもりだろう。忌・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・鼻の頭にくっついたのを吹き飛ばそうとするところは少し人間臭いが、尻に膠着したのを取ろうとしてきりきり舞いをするあたりなど実におもしろい。それがおもしろくおかしいのは「真実」がおもしろくおかしいからである。犬が結局窓の日蔽幕に巻き込まれてくる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・っと外側から見ると恐ろしく窮屈そうに見えるような天地に居て、そうして実は、最も自由に天馬のごとく飛翔しているような人も稀にはあるようであり、一方ではまた、最も自由な大海に住みながら、求めて一塊の岩礁に膠着して常に不自由を喞つ人も稀にはあるこ・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・灰の微粒と心核の石粒とでは周囲の気流に対する落下速度が著しくちがうから、この両者は空中でたびたび衝突するであろうが、それが再び反発しないでそのまま膠着してこんな形に生長するためには何かそれだけの機巧がなければならない。 その機巧としては・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・尤も屠蘇そのものが既に塵埃の集塊のようなものかもしれないが、正月の引盃の朱漆の面に膠着した塵はこれとは性質がちがい、また附着した菌の数も相当に多そうである。日当りの悪い部屋だと塵の目立たぬ代りに菌数は多いであろう。アルコールで消毒はされるか・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・いわゆる打ち越しに膠着し、観音開きとなって三句がトリプチコンを形成するようになりたがるものである。これはもとより当然のことである。前句の世界と前々句の世界とは部分的にオーヴァーラップしており、前句と後句ともまた部分的に重合しているのであるか・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・やがてこれらの職場からの作品の日常性への膠着が、注意のもとにてらし出されはじめた。もとから小説をかいていたプロレタリア文学時代からの作家たちは、何しろ十余年間、書きたく話したいテーマについて口かせをはめられていたのであったから、各人各様に、・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・従来のプロレタリア文学の精神は、今日誤りにおいて証明され指導力を失墜したという当時の否定的な観念とこの考えは、その誤りにおいて便宜よく膠着しあった。従来のプロレタリア文学は「公式的な階級動向理論に煩わされて、知識階級が自己を無視し、自己を否・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫