・・・ ケーは、このじいさんを見ると、だれか自分を揺り起こしたように思ったが、このじいさんであったかと考えましたから、彼は臆する色なく、そのじいさんの方に歩いて近づきました。月の光で、よくそのじいさんの姿を見守ると、破れた洋服を着て、古くなっ・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・せめて来年の夏までには、この朝顔の模様のゆかたを臆することなく着て歩ける身分になっていたい、縁日の人ごみの中を薄化粧して歩いてみたい、そのときのよろこびを思うと、いまから、もう胸がときめきいたします。 盗みをいたしました。それにちがいは・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・とモードレッドは臆する気色もなく、一指を挙げてギニヴィアの眉間を指す。ギニヴィアは屹と立ち上る。 茫然たるアーサーは雷火に打たれたる唖の如く、わが前に立てる人――地を抽き出でし巌とばかり立てる人――を見守る。口を開けるはギニヴィアである・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・おのおの貧富にしたがって、紅粉を装い、衣裳を着け、その装潔くして華ならず、粗にして汚れず、言語嬌艶、容貌温和、ものいわざる者も臆する気なく、笑わざるも悦ぶ色あり。花の如く、玉の如く、愛すべく、貴むべく、真に児女子の風を備えて、かの東京の女子・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
出典:青空文庫