・・・がかつて右翼陣営の言論人として自他共に許し、さかんに御用論説の筆を取っていた新聞の論説委員がにわかに自由主義の看板をかついで、恥としない現象も、不愉快であった。 だが、私たちはもはや欺されないであろう。私たちの頭が戦争呆けをしていない限・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・けれどもが、さし向かえば、些の尊敬をするわけでもない、自他平等、海藻のつくだ煮の品評に余念もありません。「戦争がないと生きている張り合いがない、ああツマラない、困った事だ、なんとか戦争を始めるくふうはないものかしら。」 加藤君が例の・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 二 生、労作そして自他 書物は他人の生、労作の記録、贈り物である。それは共存者のものではあっても、自分のものではない。自分の生、労作は厳として別になければならぬ。書物にあまりに依頼し、書物が何ものでも与えてくれ、書・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・しかし、その代りとして、四年兵になるまで残しておかれるだろうとは、自他ともに覚悟をしていた。 だが、その男も、帰還者の一人として、はっきり記されてあった。 そして、残されるのは、よく働いて、使いいゝ吉田と小村の二人であった。 二・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 八、自他ともに恨みかこつ心なし。 九、恋慕の思なし。 十、物事に数奇好みなし。十一、居宅に望なし。十二、身一つに美食を好まず。十三、旧き道具を所持せず。十四、我身にとり物を忌むことなし。十五、兵具は格別、余・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・しかし甲はまたある場合に臨んで利害を打算せず自他の区別を立てないためにたのもしくあたたかい人間味の持ち主であることもありうるであろう。それはとにかくこの二つの型が満員昇降機のテストによってふるい分けられるように見えるところに興味がある。・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・自と他とが一つの有機体に結合することによってその結合に可能な最大の効率を上げ、それによって同時に自他二つながらの個性を発揚することでなければならない。 孔子や釈迦や耶蘇もいろいろなちがった言葉で手首を柔らかく保つことを説いているような気・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ただ自他の関係を知らず、眼を全局に注ぐ能わざるがため、わが縄張りを設けて、いい加減なところに幅を利かして満足すべきところを、足に任せて天下を横行して、憚からぬのが災になる。人が咎めれば云う。おれの地面と君の地面との境はどこだ。境は自分がきめ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・してみると階級が違えば種類が違うという意味になってその極はどんな人間が世の中にあろうと不思議を挟む余地のないくらいに自他の生活に懸隔のある社会制度であった。したがって突拍子もない偉い人間すなわち模範的な忠臣孝子その他が世の中には現にいるとい・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・前に申す通り吾々の生命は――吾々と云うと自他を樹立する語弊はあるがしばらく便宜のために使用します――吾々の生命は意識の連続であります。そうしてどういうものかこの連続を切断する事を欲しないのであります。他の言葉で云うと死ぬ事を希望しないのであ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫