・・・ そこで前申した通り自分が好いと思った事、好きな事、自分と性の合う事、幸にそこにぶつかって自分の個性を発展させて行くうちには、自他の区別を忘れて、どうかあいつもおれの仲間に引き摺り込んでやろうという気になる。その時権力があると前云った兄・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・すなわち国を立てまた政府を設る所以にして、すでに一国の名を成すときは人民はますますこれに固着して自他の分を明にし、他国他政府に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ たとえば、福沢諭吉の時代、学生というものはまぎれもなく未来の担い手としての理解において自他ともに存在させられていたと思う。上野の山に砲声をききながら、福沢諭吉は塾の講堂を閉さずに、経済学の講義をしつづけた。このことには、学生をいかに見・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・特に党機関紙にどういう形式と方法をとおしてにしろ本質をゆがめて特徴づけようとする批難があらわれたとき、沈黙しているのは自他への無責任であることを確認した。 さてこの投書は、前のとは少しちがってきて、一方では私の作品の真実が多数の人の心に・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・その原因は決して簡単でないが、主な一つは、文学の前時代の骨格であった個人的な自我が、内外の事情から崩壊したのに、正常な展開の可能が自他の条件にかけていて、文学によりひろい歴史性をもたらす次の成長へ順調にのびられず、自身の存在の確信のよりどこ・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・今日はその危険に対する自他ともの慎重な戒心が決して尠くてよい時期ではないのである。〔一九三七年十月〕 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・人、及び女として自ら覚めた者こそ、始めて、彼女が人類の一員として奉仕すべき自他の関係を発見し、其に処する力を与えられます。先ず女人として深く力強く呼吸した彼女等が、社会の有機的存在の一員として、人格の独立の為に要求し把掴したのが、法律的並び・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 作家ジイドの生涯を貫く最も著しい特質、純粋な誠実を自他に求める情熱への自覚的献身の欲求が、今度のソヴェト旅行では、かえってジイドの現実的理解を制約する力となっていることは、実に意義深い我々への教訓であると思う。旧世界の文化の裡にあって・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・美しい自他ともに幸福な「独立の気風」で朗らかに生きることを望んでいる。しかも、現実においては、今日「女子の隷属の起り得ない」「原始女性は実にその活溌な労働性の故に独立的なのであり」得る原始的社会は、訳者の云われている通り恐らく「パプア島の食・・・ 宮本百合子 「先駆的な古典として」
・・・ 簡単にいえばあの時分は、プロレタリア作家として自他ともに許していた林君などによって階級性を没却した文学の評価の傾向が強い勢でつくられつつあった時期なのであった。それに対して、もとの作家同盟の先輩たちは、当時の私にはその気持が全くのみこ・・・ 宮本百合子 「近頃の感想」
出典:青空文庫