・・・さあそうきくから悪いわな。自体、お前と云うものがあるのに、外へ女をこしらえてすむ訳のものじゃあねえ。そもそもの馴初めがさ。歌沢の浚いで己が「わがもの」を語った。あの時お前が……」「房的だぜ。」「年をとったって、隅へはおけませんや。」・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・私はこれまで何一つしでかしてはいません。自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こうして考えているばかりで暮らすのかもしれないんですが、とにかく嘘をしなければ生きて行けないような世の中が無我無・・・ 有島武郎 「親子」
・・・なぜなれば、人間の思想は、それが人間自体に関するものなるかぎり、かならず何らかの意味において自己主張的、自己否定的の二者を出ずることができないのである。すなわち、もし我々が今論者の言を承認すれば、今後永久にいっさいの人間の思想に対して、「自・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・自己を軽蔑する人、地から足を離している人が、人生について考えるというそれ自体が既に矛盾であり、滑稽であり、かつ悲惨である。我々は何をそういう人々から聞き得るであろうか。安価なる告白とか、空想上の懐疑とかいう批評のある所以である。 田中喜・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・私は業を煮やして、あの小説は嘘を書いただけでなく、どこまで小説の中で嘘がつけるかという、嘘の可能性を試してみた小説だ、嘘は小説の本能なのだ、人間には性慾食慾その他の本能があるが、小説自体にももし本能があるとすれば、それは「嘘の可能性」という・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 無論、お前もそのことは百も承知してか、ともかく宣伝が第一だと、嘘八百の文句を並べたチラシを配るなど、まあ勢一杯に努めていたというわけだが、そのチラシ自体がわるかった。 おれもお前に貰って、見たが、版がわるい上に、紙も子供の手習いに・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・方法自体が既に生産を停めているのだからお話にならんよ」 二人はそこで愉快そうに笑った。その愉快そうな声が新吉には不思議だった。しかし、新吉はもうそんな世間話よりも、さっきの女の方に関心が傾いていた。 あんな電報を打った女の亭主は、余・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・彼によれば、それ自体最高の価値を持ったものは個性であり、個性は何ものの手段ともすべからざるものである。個性の発展は内生活の充実により、この過剰が義務であって、強制や、外的必然ではない。個性を発展せしめるためには狭隘な孤立的自己に閉じこもらず・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ そっちから派遣されてきたオルグの、懲役五年を求刑されていた黒田という人は、立ち上って、「裁判長がそのような問いを発すること自体が、われ/\*****を**するものである。******というものは後で考えていて間違っていたから**すると・・・ 小林多喜二 「母たち」
出典:青空文庫