・・・丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車の爆音がきこえていた。 この町のある医者がそれに乗って帰って来る時刻であった。その爆音を聞くと峻の家の近所にいる女の子は我勝ちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫ぶ。「オートバ」と言っている児もあ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ がた/\の古馬車と、なたまめ煙管をくわえた老馭者は、乗合自動車と、ハイカラな運転手に取ってかわられた。 自動車は、くさい瓦斯を路上に撒いた。そして、路傍に群がって珍らしげに見物している子供達をあとに、次のB村、H村へ走った。・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・自分などは、往来でけたたましい自動車の警笛を聞いても存外それが右だか左だかということさえわからないことがあるのに、あの小さな蚊は即座に音源の所在を精確に探知し、そうして即座に方向舵をあやつってねらいたがわずまっしぐらにそのほうへ飛来するので・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・こういう考え方はしかし決して改札の駅員を侮辱するものではないので、すべての人間はある度まではある場合のある環境のもとにはやはり一種の自動人形としてしか働いていないからである。すべてのいわゆるプロフェッションはそうした環境をわれわれに供給する・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・そこへ重い荷物を積んだ自動荷車が来かかって、その一つの車輪をこの煉瓦に乗り上げた。煉瓦はちょうど落雁か何かで出来てでもいるようにぼろぼろに砕けてしまった。 この瞬間に、私の頭の中には「煉瓦が砕けるだろうか、砕けないだろうか」という疑問と・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・土産屋の前は自動車を廻せる程度の広場なので足場がいいのだろう。大神楽は、永い間芸をした。朝から殆ど軒並に流して来ていたのでもう見物は尠い。土産屋の柱のところに、子供を抱いた男が一人立っていた。あとは子供連だ。その子供連にしても今は仲間同士で・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・チフリスへはコーカサス山脈を横断するグルジンスカヤ山道を自動車で十時間余ドライブして行く筈であった。コーカサスの雄大な美を知りたいと思えば、このグルジンスカヤ山道をおいてはない。そう云われている絶景である。ウラジ・カウカアズが、その起点とな・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ 後半、工場で自動鋳造機を入れるようになってからのアサの心のありようは、非常にはっきりとしているばかりでなく勤労婦人として、自分の技術に対してあれだけの自覚と熱意をもつ女は、そうざらにあるまいと思うように描かれている。「やはり自分は働こ・・・ 宮本百合子 「徳永直の「はたらく人々」」
・・・かつて自分が我を斥けようと努力した時代に比べれば、他動が自動に変わったという意味で全く違った心持ちである。 けれども自分はなお依然として我によって動いている。二、三の特殊の場合のほかは、人に対してまず我が出る。これは主我の傾向が根本的の・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫