・・・昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳を二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。落人の借衣すずしく似合いけり。この柄は、このごろ流行と借衣言い。その袖・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・君は、そんな自嘲の言葉で人に甘えて、君自身の怠惰と傲慢をごまかそうとしているだけです。ちょっと地味に見えながらも、君ほど自我の強い男は、めったにありません。おそろしく復讐心の強い男のようにさえ見えます。自分自身を悪い男だ、駄目な男だと言いな・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・近頃の句一つ。自嘲。歯こぼれし口の寂さや三ッ日月。やっぱり四五日中にそちらに行ってみたく思うが如何? 不一。黒田重治。太宰治様。」 月日。「お問い合せの玉稿、五、六日まえ、すでに拝受いたしました。きょうまで、お礼逡巡、欠礼の段、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と、れいの泣き声で、わめき散らしたのである。 悪漢佐伯も、この必死の抗議には参ったらしく、急に力が抜けた様子で、だらりと両腕を下げ、蒼白の顔に苦笑を浮かべ、「返すよ。返すよ。返してやるよ。」と自嘲の口調で言って、熊本君の顔を見ずにナ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・なんだか自嘲したくて仕様が無いの。軽蔑しないでね。」 へちま。「ええと、こう行って、こうからむのか。なんて不細工な棚なんだ。からみ附くのに大骨折りさ。でも、この棚を作る時に、ここの主人と細君とは夫婦喧嘩をしたんだからね。細君・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・死ぬるばかりの猛省と自嘲と恐怖の中で、死にもせず私は、身勝手な、遺書と称する一聯の作品に凝っていた。これが出来たならば。そいつは所詮、青くさい気取った感傷に過ぎなかったのかも知れない。けれども私は、その感傷に、命を懸けていた。私は書き上げた・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・と、ちょっと自嘲を含めた愚痴をもらしてみたところではなかろうか。「此筋」というのは、「此道筋と云わんが如し」と幸田博士も言って居られたようであるが、それならば、「此筋」は「おらのほう」というような地理的な言葉になるが、私には、それよりも「お・・・ 太宰治 「天狗」
・・・十年以前、はじめて東京に住んだ時には、この地図を買い求める事さえ恥ずかしく、人に、田舎者と笑われはせぬかと幾度となく躊躇した後、とうとう一部、うむと決意し、ことさらに乱暴な自嘲の口調で買い求め、それを懐中し荒んだ歩きかたで下宿へ帰った。夜、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・馬琴自身の自嘲の辞と思われる文句が『胡蝶物語』にある。「そなたのやうな生物しり。……。唐山にはかういふ故事がある。……。和漢の書を引て瞽家を威し。しつたぶりが一生の疵になつて……」というのである。 西鶴の知識の種類はよほど変っている。稀・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ああはなりたくないと思う、そこまでの智慧にたよって、自分をどう導いてゆくかといえば、自分の娘の代になっても社会事情としては何の変化も起り得ないありきたりの女らしさに、やや自嘲を含んだ眼元の表情で身をおちつけるのである。 この点での現代の・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫