・・・お蓮は自堕落な立て膝をしたなり、いつもただぼんやりと、せわしなそうな牧野の帰り仕度へ、懶い流し眼を送っていた。「おい、羽織をとってくれ。」 牧野は夜中のランプの光に、脂の浮いた顔を照させながら、もどかしそうな声を出す事もあった。・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「自家では女は皆しっかり者だけれど、男は自堕落者揃いだ。姨にしても嫂にしても。……私だってこれで老父さんには敗けないつもりだからねえ」……「向家の阿母さんが木村の婆さんに、今度工藤の兄さんが脳病で帰ってきたということだが、工藤でもさぞ困・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ずか二万四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江戸の伯母御を京で尋ねたでもあるまいものが、あわぬ詮索に日を消すより極楽は瞼の合うた一時とその能とするところは呑むなり酔うなり眠るなり自堕落は馴れるに早くいつまでも血気熾んと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・けれども画壇の一部に於いては、鶴見はいつも金庫の傍で暮している、という奇妙な囁きも交わされているらしく、とすると仙之助氏の生活の場所も合計三つになるわけであるが、そのような囁きは、貧困で自堕落な画家の間にだけもっぱら流行している様子で、れい・・・ 太宰治 「花火」
・・・「身に覚なきはおのづから楽寝仕り衣裳付自堕落になりぬ。又おのれが身に心遣ひあるがゆへ夜もすがら心やすからず。すこしも寝ざれば勝れて一人帷子に皺のよらざるを吟味の種に仕り候」とある。少し無理なところもあるが、狙い処は人間のかくれた心理の描写に・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・感情の三分の二ほどは恋愛的なものだが、その責任を互にさけて、対外上にも友情の仮面を便宜としているという風な自堕落なものでもないと思う。 少年少女時代から一緒に種々様々な行動をして育つ外国の両性たちの間に、細かい礼儀のおきてがあって、たと・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・ 女の人がひとりになると自堕落になるとか、いろいろの誘惑が危険であるというのは、外部との結びつき方を、受身に見て云うことで、その人々の心持ちを主にして、その側から見れば、その気持の中に、自堕落にさせたり、ちょっとした好奇心や誘いかけにも・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
出典:青空文庫