・・・妹に真の自立性というものを教えて、勝気のために却って歪む自尊心の負傷を少くしてやりたいこと。咲が自分の亭主に対してもう少し正しい健康な意味での影響をもつように、そうしてよいものだと確信するように。それらのことは、私が家を別にして生活すると出・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・オセロの敏感な自尊心――黒人の劣等感のうらがえされたもの――そのものと、イヤゴーのユダ的性格そのものが、性格と性格の格闘として悲劇を形成している。 現代の悲劇というより、むしろ正劇は、個々の性格間の格闘というよりも拡大されて、人間理性の・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・あれは未だ纏った考えと云うより、一つの暗示にすぎないから、女性中心思想によって敷衍された結論に猶考える余地があるとしても、その核心である女性のデリケートな自尊心については味うべきものであると思う。所謂進歩し、懐疑なく性生活を支配している新女・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・其故、年をとるに従って種々の条件から加って来る自尊心は、法律的権利を獲得することによって一層強められて居ります。日本の婦人には与えられて居ない法律的人格が、彼女等には強い後盾となって居ります。勿論女性も人類である以上、人類の発達の為に備えら・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・そやつ等に対して誠実、真実を語らんとする自分に、自尊心などということは問題にならぬと「一粒の麦もし死なずば」時代のような勇気を示しているのだが、今日の社会事情の中でジイドのその勇気は、真の勇気たる本質を失っている。彼の論敵たる勢力が「民衆を・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・千鶴子は圭子にそう云われると自尊心を傷けられた表情をした。はる子はその露骨な顔を見たら、千鶴子がどこまで生活、人生を妙な角度で感じているか、情けなく憤おる気持を制せなくなって来た。「そういうものではないと私も思う」 はる子は、「・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ そして、感じを表現する能力のある人々は、今日、日本の若い娘が自尊心と気品とを失ってしまっていることを非難しているのである。 それにつけても、戦争犯罪人というものの行為が及ぼした害悪の大さと深さとにおどろかれる。それらの人々は、経済・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・私の自尊心が余り甚だしく傷けられたので、私の手は殆ど反射的にこの女の持った徳利を避けたのである。「あら。どうなすったの」 女の目に映じているのは、前に異なった感情である。それを分析したら、怪訝が五分に厭嫌が五分であろう。秋水のかたり・・・ 森鴎外 「余興」
・・・彼は彼の何者よりも高き自尊心を打ち砕かれた。彼は突っ立ち上ると大理石の鏡面を片影のように辷って行くハプスブルグの娘の後姿を睨んでいた。「ルイザ」と彼は叫んだ。 彼女の青ざめた顔が裸像の彫刻の間から振り返った。ナポレオンの烱々とした眼・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・で、何物にも屈伏することを好まない青年の自尊心を感じることの出来る者達程、此の日の二人の乱闘の原因も、所詮酒の上の、「箸で突いた」程度のことから始まったと自然な洞察を下して、また酒盃をとり上げた。 併し此の噂は村の幾宵を騒がせた。そして・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫