・・・と驚くと同時に、遊びではないといっても遊びにもなっておらぬような事をしていながら、遊びではないように高飛車に出た少年のその無智無思慮を自省せぬ点を憫笑せざるを得ぬ心が起ると、殆どまた同時に引続いてこの少年をして是の如き語を突嗟に発するに至ら・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・超人説ケル小心、恐々ノ人ノ子、笑イナガラ厳粛ノコトヲ語レ、ト秀抜真珠ノ哲人、叫ンデ自責、狂死シタ。自省直ケレバ千万人ト言エドモ、――イヤ、握手ハマダマダ、ソノ楯ノウラノ言葉ヲコソ、「自省直カラザレバ、乞食ト会ッテモ、赤面狼狽、被告、罪人、酒・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 私はいくらか自省する余裕が出来て来た。すると非常に熱さを感じ始めた。吐く息が、そのまま固まりになってすぐ次の息に吸い込まれるような、胸の悪い蒸し暑さであった。嘔吐物の臭気と、癌腫らしい分泌物との臭気は相変らず鼻を衝いた。体がいやにだる・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・されば文明なる西洋諸国の社会にもなお醜行の盛んなるを見聞したらば、幸いに取って以て自省の材料にこそ供すべけれ、いかに自儘なる説を作るも、他の悪事を見て自家の悪事を恕するの口実に用いんとするが如きは、我輩の断じて許さざる所なり。近く比喩を以て・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 文学の問題としてみるとき、新聞小説の通俗性の側から云々されるよりも、寧ろ、作家の本来的な内面生活からいかに思想、判断の慾望が衰頽して来ているかということが私たちの深い自省を促す点であると思う。〔一九三九年十一月〕・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・そういうところも女として自省されるべきと思うという文章があって、座談会に出ていた一人である私は関心をひかれた。 女自身が自分に責任を問う必要があるということは、本当にそのひとの云う通りであると思う。そして、それが本当であるという理由から・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・それは自分の理想や、批判等と云うものの価値は如何に小さく力弱いものであるかと云う自省を第一に置いて、人生を完く相対的に観て行こうとする傾向である。 女性がとかく陥り易い空疎な主義や殉情的な甘さから脱して、人生をその儘 matter of・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・こういう場合、女主人公の吉村に対する心、自省、人間の生きてゆく態度について、より深い省察があると思う。よろこびとハッピーエンドにとどまるのは残念である。「春龍胆」柔かく抒情的にまとまっている。「何日かは春に」も、素朴だけれども、結核の治・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・十分そのことについて、自省もあり、時に自嘲的にさえなっているとしても、全体としての動きはそうなって行く悲しさがある。それから又突抜けて出る新鮮な力は、このゴミっぽい過程の間で磨滅しないでしょうか。私は磨滅させたくないと思います。 本が出・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・著者にそれを自省する力がないならば、せめて読むものとしてわたしたちは、このように非人間で苛烈な生のたたかいが女性の上や子供の上に強いられる戦争そのものこそ絶滅されなければならないと抗議せずにいられない。 東大協同組合出版部から、『きけわ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
出典:青空文庫