・・・なぜ、そのような冒険を思いついたか、或いは少年航空雑誌で何か読んで強烈な感激を味ったのか、はっきりしないが、とにかく、チベットへ行くのだという希望だけは牢固として抜くべからざるものがあった。両者の意嚮の間には、あまりにもひどい懸隔があるので・・・ 太宰治 「花火」
・・・ その会話に依って私は、男は帰還の航空兵である事、そうしてたったいま帰還して、昨夜この港町に着いて、彼の故郷はこの港町から三里ほど歩いて行かなければならぬ寒村であるから、ここで一休みして、夜が明けたらすぐに故郷の生家に向って出発するとい・・・ 太宰治 「母」
・・・この二層の境界面の高さは、場合により時刻によっていろいろになるわけであるが、通例海面から数百メートル程度のものである。航空者特に自由気球にでも乗る人はこの事実を忘れてはならない。 海陸風の原因が以上のとおりであるから、この風は昼間日照が・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・飛行機と突風との関係に似ていっそう複雑な場合であるから、世界じゅうの航空力学の大家でも手こずらせるだけの難題を提供するかもしれない。 このおもちゃは、たしかに二十年も前にやはり夜店で見たことがあるから、かなり昔からあるかもしれない。もし・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 前々日A研究所の食堂で雑談の際に今度政府で新計画の航空路のうわさが出て、大阪から高知までたった一時間五十五分で行かれるというような事を話し合った。その時自分の意識の底層に郷里の高知の町の影像が動きかけたが、それっきりで表層までは現われ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・また近頃エールシャイアのある地に航空隊の練習場を設けかかった。あらかじめ気象学者の意見を徴すればよいのに、工学者や軍人だけで土地を選定しいよいよ工事を始めてみると気象方面の不都合な点が出て来て中止する事となり、約五百万円くらいの金を棒に振っ・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・ 人間が地上ばかりを歩いている間は普通の地図で足りるが、空を飛び歩くようになった今日では航空用の地図が必要になった。しかし、現在の航空地図はまだほんの芽ばえのようなもので普通の地形図に少しばかり毛のはえたものである。しかし今に航空がもっ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ 航空気象観測所と無線電信局とがまだ霜枯れの山上に相対立して航空時代の関守の役をつとめている。この辺の山の肌には伊豆地震の名残らしい地割れの痕がところどころにありありと見える。これを見ていると当時の地盤の揺れ方がおおよそどんなものであっ・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・また近年目ざましい進歩をしたいわゆる航空術などもやはり応用物理学の一つと云って差支えはあるまい。 以上に述べたとは少しく異なった殖産事業の方面においても、将来非常に有望な物理学応用の新区域があるように思われる。先ず農業の方面ではつとに農・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・やオイゲン・マイヤーの「航空に関する応用力学」などを聴いた。ヘルメルトは赭ら顔で眼をしょぼしょぼさせた何となく田舎爺のような感じのする、しかしどこかなかなか喰えないような気のする先生であったが、しかしやはり一とかどのえらい学者のように思われ・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
出典:青空文庫