・・・その頃どこかの気紛れの外国人がジオラマの古物を横浜に持って来たのを椿岳は早速買込んで、唯我教信と相談して伝法院の庭続きの茶畑を拓き、西洋型の船に擬えた大きな小屋を建て、舷側の明り窓から西洋の景色や戦争の油画を覗かせるという趣向の見世物を拵え・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・もやい綱が船の寝息のようにきしり、それを眠りつかせるように、静かな波のぽちゃぽちゃと舷側を叩く音が、暗い水面にきこえていた。「××さんはいないかよう!」 静かな空気を破って媚めいた女の声が先ほどから岸で呼んでいた。ぼんやりした燈りを・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・それは穏やかな罪のない眠りで、夢とも現ともなく、舷側をたたく水の音の、その柔らかな私語くようなおりおりはコロコロコロと笑うようなのをすぐ耳の下の板一枚を隔てて聞くその心地よさ。時々目を開けて見ると薄暗い舷燈のおぼろげな光の下に円座を組んで叔・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 舷側の水かきは、泥濘に踏みこんで、二進も三進も行かなくなった五光のようだった。つい、四五日前まで船に乗って渡っていた、その河の上を、二頭立の馬に引かれた馬車が、勢いよくがらがらと車輪を鳴らして走りだした。防寒服を着た支那人が通る。・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・果もない波の原を分けて行く船の舷側にもたれて一人の男が立っている。今太陽の没したばかりの水平線の彼方を眺めている。大きな涙の緒が頬を伝わって落ちる。夕映えを受けた帆の色が血のように赤い。 夕映えの雲の形が崩れて金髪の女が現われる。乱れた・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・たとえば流氷のようなものでも舷側で押しくずされるぐあいや、海馬が穴から顔をだす様子などから、その氷塊の堅さや重さや厚さなどが、ほとんど感覚的に直観される。雪原の割れ目などでも、橇で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・オランダ人で伝法肌といったような男がシェンケから大きな釣り針を借りて来てこれに肉片をさし、親指ほどの麻繩のさきに結びつけ、浮標にはライフブイを縛りつけて舷側から投げ込んだ。鱶はつい近くまで来てもいっこう気がつかないようなふうでゆうゆうと泳い・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・程なく新高知丸の舷側につけば梯子の混雑例のごとし。荷物を上げ座もかまえ、まだ出帆には間もあればと岩亀亭へつけさせ昼飯したゝむ。江上油のごとく白鳥飛んでいよいよ青し。欄下の溜池に海蟹の鋏動かす様がおかしくて見ておれば人を呼ぶ汽笛の声に何となく・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・船の出るとき同行の芳賀さんと藤代さんは帽子を振って見送りの人々に景気のいい挨拶を送っているのに、先生だけは一人少しはなれた舷側にもたれて身動きもしないでじっと波止場を見おろしていた。船が動き出すと同時に、奥さんが顔にハンケチを当てたのを見た・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
出典:青空文庫