・・・ 忠義なハルメソンとその子が王の柩を船底に隠し、石ころをつめたにせの柩を上に飾って、フィヨルドの波をこぎ下る光景がありあり目に浮かんだ、そうしてこの音楽の律動が櫂の拍子を取って行くように思われた。 その後にも長女は時々同じ曲の練習を・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・まず、忍び逢いの小座敷には、刎返した重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝した長襦袢の膝の上か、あるいはまた船底枕の横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るよ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・これを船底にたたきつけると、パチンと腹の皮が破裂するのだが、それも可哀そうなのでほっておいた。ところが、いつまで経ってもふくれあがったままで怒っている。友人が笑って、鈎の先で腹に穴を開けたら、プスウと空気の抜ける音がして、破れた風船のように・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・そこではどっさりの大船小舟が船底をくさらせたり推進機に藻を生やしたりしているのはわかっていても、自分の小さい出来たもとの櫓や羅針盤にたよりきれないような思いがする。 ここに二人のひとがあって、一方は、所謂間違いのないという範囲で信用のあ・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・まさかお父う様だって、草昧の世に一国民の造った神話を、そのまま歴史だと信じてはいられまいが、うかと神話が歴史でないと云うことを言明しては、人生の重大な物の一角が崩れ始めて、船底の穴から水の這入るように物質的思想が這入って来て、船を沈没させず・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫