・・・――しないな。好し。しなければ、しないで勝手にしろ。その代りおれの眷属たちが、その方をずたずたに斬ってしまうぞ」 神将は戟を高く挙げて、向うの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空に充満・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・雪国の冬だけれども、天気は好し、小春日和だから、コオトも着ないで、着衣のお召で包むも惜しい、色の清く白いのが、片手に、お京――その母の墓へ手向ける、小菊の黄菊と白菊と、あれは侘しくて、こちこちと寂しいが、土地がら、今時はお定りの俗に称うる坊・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・考えだした美人投票が餌になったのだから、いってみれば、おれは呆れ果てたお人善し、上海まで行き、支那人仲間にもいくらか顔を知られたというおれが、せっせっと金米糖の包紙を廉い単価で印刷してやっていたことなぞ、自分でも忘れてしまいたいくらい、情け・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 彼が借金を残したのは、阿呆なぐらいお人善しで、ひとに欺されつづけていたそのためであった。しかし、私は父の口から、「おれはお人善しだ」 という言葉をきいたことは一度もなかった。 他人の世話をするのが好きで、頼まれればいやとい・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・それをそんな風に金貸したろかと言いふらし、また、頼まれると、めったにいやとはいわず、即座によっしゃと安請合いするのは、たぶん底抜けのお人善しだったせいもあるだろうが、一つには、至極のんきなたちで、たやすく金策できるように思い込んでしまうから・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・いよいよ食うに困れば、梅田へ行って無心すれば良しと考えていたのだ。 ある日、どうやら梅田へ出掛けたらしかった。帰って来ての話に、無心したところ妹の聟が出て応待したが、話の分らぬ頑固者の上にけちんぼと来ていて、結局鐚一文も出さなかったとし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・敵の射撃は彼の通り猛烈だったからな。好し一つ頭を捻向けて四下の光景を視てやろう。それには丁度先刻しがた眼を覚して例の小草を倒に這降る蟻を視た時、起揚ろうとして仰向に倒けて、伏臥にはならなかったから、勝手が好い。それで此星も、成程な。 や・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・更に深く考えてみると、この縁は貴所の申込が好し先であってもそれは成就せず矢張、細川繁の成功に終わるようになっていたのである、と拙者は信ずるその理由は一に貴所の推測に任かす、富岡先生を十分に知っている貴所には直ぐ解るであろう。 かつ拙者は・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・別に活計に困る訳じゃなし、奢りも致さず、偏屈でもなく、ものはよく分る、男も好し、誰が目にも良い人。そういう人でしたから、他の人に面倒な関係なんかを及ぼさない釣を楽んでいたのは極く結構な御話でした。 そこでこの人、暇具合さえ良ければ釣に出・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ここは古昔より女のあることを許さねば、酌するものなどすべて男の児なるもなかなかにきびきびしくて好し。神酒をいただきつつ、酒食のたぐいを那処より得るぞと問うに、酒は此山にて醸せどその他は皆山の下より上すという。人馬の費も少きことにはあらざるべ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫