・・・が、それよりも先にこの三年間、彼に幾多の艱難を嘗めさせた彼自身の怨敵であった。――甚太夫はそう思うと、日頃沈着な彼にも似合わず、すぐさま恩地の屋敷へ踏みこんで、勝負を決したいような心もちさえした。 しかし恩地小左衛門は、山陰に名だたる剣・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・どう云う艱難辛苦をしても独学を廃さなかった尊徳である。我我少年は尊徳のように勇猛の志を養わなければならぬ。 わたしは彼等の利己主義に驚嘆に近いものを感じている。成程彼等には尊徳のように下男をも兼ねる少年は都合の好い息子に違いない。のみな・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・』艱難の多いのに誇る心も、やはり邪業には違いあるまい。その心さえ除いてしまえば、この粟散辺土の中にも、おれほどの苦を受けているものは、恒河沙の数より多いかも知れぬ。いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流されずとも、皆おれと同じように、・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・爾来諸君はこの農場を貫通する川の沿岸に堀立小屋を営み、あらゆる艱難と戦って、この土地を開拓し、ついに今日のような美しい農作地を見るに至りました。もとより開墾の初期に草分けとしてはいった数人の人は、今は一人も残ってはいませんが、その後毎年はい・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・あすこに住まっていると自分というものがはっきりして来るかに思われる。艱難に対しての或る勇気が生れ出て来る。銘々が銘々の仕事を独力でやって行くのに或る促進を受ける。これは確かに北海道の住民の特異な気質となって現われているようだ。若しあすこの土・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ こうは覚悟していますものの、いよいよ二人一緒になるまでには、どんな艱難を見ることか判りませぬ。何とぞわたしの胸の中を察してくださいませ。常にも似ず愚痴ばかり申し上げ失礼いたし候。こんな事申し上ぐるにも心は慰み申し候。それでも省さまとい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・しかしながらその間に己で己に帰っていうに「トーマス・カーライルよ、汝は愚人である、汝の書いた『革命史』はソンナに貴いものではない、第一に貴いのは汝がこの艱難に忍んでそうしてふたたび筆を執ってそれを書き直すことである、それが汝の本当にエライと・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして、ついにこの国にきて、金峰仙という山のあることを聞いて、艱難を冒して、その山にのぼりました。「そんな年老った家来が、どうしてあんな高い山にのぼったのだい。」と甲が不思議そうにして丙に問いました。「ほんとうに、あの山へはだれ・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・らず候兄はそなたが上をうらやみせめて軍夫に加わりてもと明け暮れ申しおり候ここをくみ候わば一兵士ながらもそなたの幸いはいかばかりならんまた申すまでもなけれど上長の命令を堅く守り同列の方々とは親しく交わり艱難を互いにたすけ合い心を一にして大君の・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そして何ともいえない懐しさを感じて、『ここだ、おれの生まれたのはここだ、おれの死ぬのもここだ、ああうれしいうれしい、安心した』という心持ちが心の底からわいて来て、何となく、今までの長い間の辛苦艱難が皮のむけたように自分を離れた心地がした。・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫