・・・ そこで彼は失敗やら成功やら、二十年の間に東京を中心としておもに東北地方を舞台に色んな事をやって見たが、ついに失敗に終わったと言うよりもむしろ、もはや精根の泉を涸らしてしまった。 そして故郷へ帰って来た。漂って来たのではない、実に帰・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 娘が家に帰ってくると、自分たちのしている色んな仕事のことを話してきかせて、「お母さんはケイサツであんなに頭なんか下げなくったっていゝんだ。」といゝました。娘はどうしても運動をやめようとはしません。私もあきらめてしまいました。それから直・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ 保釈になった最初の晩、疲れるといけないと云うので、早く寝ることにしたのだが、田口はとうとう一睡もしないで、朝まで色んなことをしゃべり通してしまった。自分では興奮も何もしていないと云っていたし、身体の工合も顔色も別にそんなに変っていなか・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ところが、お前さん方になると、入った人が出てくるまでどうにか食って行けるだろうし、色んなものが充分差入も出来るから羨やましい。面会に行ったら、食えなくなったら仲間の人に頼んでみれ、それも長続きしなかったら、親類のところへ追い出される迄転ろげ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ こういって、じきそばのテイブルの上に、色んな色の絹糸のかせがつんであるのを指したかと思うと、いきなり姿を消してしまいました。 ウイリイはちゃんと犬から教わっているので、ほかのかせより心持色の黒いのをより出し、ポケットからナイフを出・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そのため、東京市中や市外の要所々々にも歩哨が立ち、暴徒しゅう来等の流言にびくびくしていた人たちもすっかり安神しましたし、混雑につけ入って色んな勝手なことをしがちな、市中一たいのちつじょもついて来ました。出動部隊は近衛師団、第一師団のほか、地・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・自分について、色んなことを書きたくなりました。もう二、三十ペエジ読んで下されば幸甚です。第一、ぼくが全く無意義な存在であること、例え、マルクスが商事会社――ブローカー――広告業――外交販売員が社会にとって有害であると説かぬにしろ、ぼくは自分・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・自然に愛情が、それを求めたら、それに従えばいいのだし、それを急に、顔いろを変えたり、色んなどぎつい芝居をして、ばかばかしい。女は肉体のことなんか、そんなに重要に思っていないわ。ねえ、数枝なんかだって、そうなんだろう? いくらひとりでお金をた・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・実に色んな人が通る。五十恰好の女が一人大きな犬を一匹背中におぶって行く、風呂敷包一つ持っていない。浴衣が泥水でも浴びたかのように黄色く染まっている。多勢の人が見ているのも無関心のようにわき見もしないで急いで行く。若い男で大きな蓮の葉を頭にか・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・やっと無事帰ったと思っていたから、私の気持は苦しくて可哀相で、じっとしていられないようだし、素手でまた南へやるのはとてもしのびないから、大さわぎをして色んな人に聞き合せて南から決死隊で生還したという人の準備を聞くことが出来て、今日はどうぞこ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫