・・・鏡の中に映っている客の姿が、こちらへは僅に横顔しか見せていないにも関らず、あの駝鳥の卵のような、禿げ頭の恰好と云い、あの古色蒼然としたモオニング・コオトの容子と云い、最後にあの永遠に紫な襟飾の色合いと云い、我毛利先生だと云う事は、一目ですぐ・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 梅雨期のせいか、その時はしとしとと皮に潤湿を帯びていたのに、年数も経ったり、今は皺目がえみ割れて乾燥いで、さながら乾物にして保存されたと思うまで、色合、恰好、そのままの大革鞄を、下にも置かず、やっぱり色の褪せた鼠の半外套の袖に引着けた・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・立てて暗くなって来た、私はその音に不図何心なく眼が覚めて、一寸寝返りをして横を見ると、呀と吃驚した、自分の直ぐ枕許に、痩躯な膝を台洋燈の傍に出して、黙って座ってる女が居る、鼠地の縞物のお召縮緬の着物の色合摸様まで歴々と見えるのだ、がしかし今・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ 着物、ハダカヲ包メバ、ソレデイイ、柄モ、布地モ、色合イモ、ミンナ意味ナイ、二十五歳ノ男児、一夜、真紅ノ花模様、シカモチリメンノ袷着テ、スベテ着物ニカワリナシ、何ガオカシイ。 アワレ美事! ト屋根ヤブレルホドノ大喝采、ソレモ一瞬ノチ・・・ 太宰治 「走ラヌ名馬」
・・・もしその欠けたのの特別な色合でも何か調べる必要があるのなら持って行ってもいいが、もう一つ欠けないのもぜひ持って行けというのである。 それでは私が困るからと云ってみたが、「いえ、とんでもない事です」と云ってなかなか聞き入れてはくれない。・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ エミール・ヤニングス主演のこの映画は、はじめからおしまいまで、この主役者の濃厚な個性でおおい尽くされた地色の上に適当な色合いを見計らった脇役の模様を置いた壁掛けのようなものである。もっとも同じくヤニングスのものであっても相手役にデ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・また諸君のような画家の鑑別する色合は普通人の何十倍に当るか分らんでしょう。それも何のためかと云えば、元に還って考えて見ると、つまりは、うまく生きて行こうの一念に、この分化を促されたに過ぎないのであります。ある一種の意識連続を自由に得んがため・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・紙か羊皮か慥かには見えぬが色合の古び具合から推すと昨今の物ではない。風なきに紙の表てが動くのは紙が己れと動くのか、持つ手の動くのか。書付の始めには「幻影の盾の由来」とかいてある。すれたものか文字のあとが微かに残っているばかりである。「汝が祖・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ それで人間というものには二通りの色合があるということは今申した通りですが、このイミテーションとインデペンデントですが、片方はユニテー――人の真似をしたり、法則に囚われたりする人である。片方は自由、独立の径路を通って行く。これは人間のそ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・それなりに評価されていて、紫陽花には珍しい色合いの花が咲けば、その現象を自然のままに見て、これはマア紫陽花に数少い色合であることよ、という風に鑑賞されている。牝鹿がある時どんなに優しく、ある時どんなに猛くてもやはりそれなり牝鹿らしいと見るま・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫