色といえば、恋とか、色情とかいう方面に就いての題目ではあろうが、僕は大に埒外に走って一番これを色彩という側に取ろう、そのかわり、一寸仇ッぽい。 色は兎角白が土台になる。これに色々の色彩が施されるのだ。女の顔の色も白くな・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・ アメリカの映画俳優たちのように、夫婦の離合の常ないのはなるほど自由ではあろうが、夫婦生活の真味が味わえない以上は人生において、得をしているか、失っているかわからない。色情めいた恋愛の陶酔は数経験するであろうが、深みと質とにおいて、より・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・このことは変質者や、精神病者の場合には一層明らかである。色情狂はたしかに卑しむべきだ。そしてその卑猥の行為は疑いもなく、彼の人格に規定されている。しかし彼は道徳的評価の責に耐えるであろうか。責に耐えるとはどうしても、そうせぬことが可能であっ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・母は私に惚れてはいなかったし、私もまた母に色情を感じた事は無かったが、しかし、この娘とでは、或いは、と思った。 母はおちぶれても、おいしいものを食べなければ生きて行かれないというたちのひとだったので、対米英戦のはじまる前に、早くも広島辺・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 柳やの女中 薄馬鹿で色情狂、 甚兵衛の家に肴をとどけて来て、かえりになかなか柳やへ戻らず。女房丁度雨がふり出したので傘をもって迎いに来る。行き違いになったのだろうと云ってかえる。その間に女は、線路のどこかで、人・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 劇場は上演を通して観衆の、オブローモフ主義、色情狂、悲観主義に対して闘おうとする意志を強める役に立つような仕事をやらなければならない。」 ソヴェトは劇場の数でベルリンやニューヨークより劣っているとしても、観衆の質は全然違う。ソヴェ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 警察の裏にあるコンクリートの建物の中の一室で、〔十二字伏字〕布団を敷き、〔十三字伏字〕毛布を〔四字伏字〕かけ、一人の色情狂を混えて三人の女が寝ていた。五時になると起き出すのであったが、〔七字伏字〕向いあった側に〔二字伏字〕、そこは男ば・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・新たな恋愛価値の創始、人格の飛躍が、一方、色情狂めいた性的好奇心の横行とともに、今日の社会には到るところに叫ばれていると思うのである。 けれども、翻ってそれを聞きその影響を受けようとする大多数の男性女性は、事実に於て今日如何なる生活を営・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・徳川末期は、何故あのように色情文学が横行したかということを私共は真面目に考えるべきであると思う。現代の恋愛論が、多分の猥談的要素に浸潤されていること、両者の区別が極めて曖昧になっているところ。そこでは男も女も卑屈にさせられている。日本的事情・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
出典:青空文庫