・・・もうたくさん、なんて断っているお嬢さんや何か、あれは、ただ、色気があるから体裁をとりつくろっているだけなのよ。私なら、いくらでも、食べられるわよ。」「いや、もういいだろう。ここの店は、あまり安くないんだよ。君は、いつも、こんなにたくさん・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・いまここで、いちいち諸君に噛んでふくめるように説明してお聞かせすればいいのかも知れないが、そんな事に努力を傾注していると、君たちからイヤな色気を示されたりして、太宰もサロンに迎えられ、むざんやミイラにされてしまうおそれが多分にあるので、私は・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ほくそ笑んで、御招待まことにありがたく云々と色気たっぷりの返事を書いて、そうして翌る年の正月一日に、のこのこ出かけて行って、見事、眉間をざくりと割られる程の大恥辱を受けて帰宅した。 その日、草田の家では、ずいぶん僕を歓待してくれた。他の・・・ 太宰治 「水仙」
・・・ と書けば、いかにも私ひとり高潔の、いい子のようになってしまうが、しかし、やっぱり、泥酔の果の下等な薄汚いお色気だけのせいであったのかも知れない。謂わば、同臭相寄るという醜怪な図に過ぎなかったのかも知れない。 私は、その不健康な、悪・・・ 太宰治 「父」
・・・まあ、どこを押せばそんな音が出るのでしょう。色気違いじゃないかしら。とても、とても、あんな事が、神聖なものですか。 さて、それでは、その恋愛、すなわち色慾の Warming-up は、単にチャンスに依ってのみ開始せられるものであろうか。・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・沈黙している作家の美しさ、おそろしさも、また、そこに在るのであるが、私は、いまは、そんなに色気を多くして居られない。まごまごしていると、あのむざんな焼印が、ぴったり額に押されてしまう。押されてしまったら、それなりけり。義務の在る数人を世話す・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・辰之助を除外すれば、色気はないにしても、慾気か何かの意味があって、道太を引きつけておくように、道太の姉たちに思われるのが厭であった。それでなくとも辰之助の母である道太の第一の姉には、お絹たちはあまり好感をもたれていなかったし、持ってもいなか・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・いやに色気があって、そうして黄色い声を出す。のみならずむやみに泣いて愚痴ばかり並べている。あの山を上るところなどは一起一仆ことごとく誇張と虚偽である。鬘の上から水などを何杯浴びたって、ちっとも同情は起らない。あれを真面目に見ているのは、虚偽・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・があるので、そこへ引越そうという相談だ。或日亭主と神さんが出て行って我輩と妹が差し向いで食事をしていると陰気な声で「あなたもいっしょに引越して下さいますか」といった。この「下さいますか」が色気のある小説的の「下さいますか」ではない。色沢気抜・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ここに到って昔の我を顧みて見ると、甚だ意気地のない次第、一方から言えば甚だ色気のない次第、コスメチックこそつけた事はないが、昔は髭をひねって一人えらそうに構えたこともある。のろけをいうほどの色話はないが、緑酒紅燈天晴天下一の色男のような心持・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫