・・・その富貴長命という字が模様のように織りこまれた袋の中には、汚れた褞袍、シャツ、二三の文房具、数冊の本、サック、怖しげな薬、子供への土産の色鉛筆や菓子などというものがはいっていた。 さすがに永いヤケな生活の間にも、愛着の種となっていた彼の・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・紙ナプキンに、色鉛筆でくっきり色濃くしたためられていた。 ――さっき、あたしの舞台に、ずいぶん高い舌打なげつけて、そうして、さっさと廊下に出て行くお姿、見ました。あなたのお態度、一ばん正しい。あなたの感じかた、一ばん正しい。あたしは、あ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・例えば、当時流行した紫色鉛筆の端に多分装飾のつもりで嵌められてあったニッケルの帽子のようなものを取外してそれをシャーレの水面に浮かべ、そうしてそれをスフェロメーターの螺旋の尖端で押し下げて行って沈没させ、その結果から曲りなりに表面張力を算出・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・富沢は色鉛筆で地図を彩り直したり、手帳へ書き込んだりした。斉田は岩石の標本番号をあらためて包み直したりレッテルを張ったりした。そしてすっかり夜になった。 さっきから台所でことことやっていた二十ばかりの眼の大きな女がきまり悪そうに夕食を運・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・九時 第一信[自注2] 今、二階の北の長四畳の勉強部屋でこれを書きはじめようとしていたら、太郎がアァアァアとかけ声をかけながら、一段ずつ階段を登って来て私の膝にのり、しばらく色鉛筆でモジャモジャとやってから、となりの広間の大きい写真の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・廊下にかけてあるのよりは小さい児の絵である。色鉛筆で、目玉ばかりみたいな人間の顔や、四本足のフラフラしたあやつりの馬にのっかった子供の姿などがある。 ――さあ、子供等これをお客さんに見せてあげなさい。 太い巻物を、一人のピオニェール・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ただ読むのではない。色鉛筆を片手に、無駄と思うところ数行ぐるりとしるしをつけ、校正のようにトルと記入し、よいと思うところには傍線を附す。至極深刻な表情を保って居る。 修善寺より乗合自働車。女の客引が客を奪い合う様子、昔の宿場よろしくの光・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
出典:青空文庫