・・・ まだ、その蜘蛛大名の一座に、胴の太い、脚の短い、芋虫が髪を結って、緋の腰布を捲いたような侏儒の婦が、三人ばかりいた。それが、見世ものの踊を済まして、寝しなに町の湯へ入る時は、風呂の縁へ両手を掛けて、横に両脚でドブンと浸る。そして湯の中・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・嘴に小さな芋虫を一つ銜え、あっち向いて、こっち向いて、ひょいひょいと見せびらかすと、籠の中のは、恋人から来た玉章ほどに欲しがって駈上り飛上って取ろうとすると、ひょいと面を横にして、また、ちょいちょいと見せびらかす。いや、いけずなお転婆で。…・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・……もっとも甘谷も、つい十日ばかり前までは、宗吉と同じ長屋に貸蒲団の一ツ夜着で、芋虫ごろごろしていた処――事業の運動に外出がちの熊沢旦那が、お千さんの見張兼番人かたがた妾宅の方へ引取って置くのであるから、日蔭ものでもお千は御主人。このくらい・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・チャリネのひとたちは舞台にいっぱい蒲団を敷きちらし、ごろごろと芋虫のように寝ていた。学校の鐘が鳴りひびいた。授業がはじまるのだ。少年は、うごかなかった。くろんぼは寝ていないのである。さがしてもさがしても見つからぬのである。学校は、しんとなっ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・けれども、いま、おのれの芋虫に、うんじ果て、爆発して旅に出て、なかなか、めちゃな決意をしていた。何か光を。 下諏訪まで、切符を買った。家を出て、まっすぐに上諏訪へ行き、わきめも振らずあの宿へ駈け込み、そうして、いきせき切って、あのひと、・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・眠っているように思っている植物が怪獣のごとくあばれ回ったり、世界的拳闘選手が芋虫のように蠢動するのを見ることもできるのである。 時間の尺度の変更は、同時に、時間を含むあらゆる量の変更を招致することはもちろんである。まず第一に速度であるが・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・襲撃者は鳶以上であるのに爆撃される市民は芋虫以下に無抵抗である。 ある軍人の話によると、重爆撃機には一キロのテルミットを千箇搭載し得るそうである。それで、ただ一台だけが防禦の網をくぐって市の上空をかけ廻ったとする。千箇の焼夷弾の中で路面・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・襲撃者はとんび以上であるのに襲撃される市民は芋虫以下に無抵抗である。 ある軍人の話によると、重爆撃機には一キロのテルミットを千個搭載しうるそうである。それで、ただ一台だけが防御の網をくぐって市の上空をかけ回ったとする。千個の焼夷弾の中で・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ ある日大きな芋虫が路上をはっているのを、子供らが見つけて池の中へ投げ込んだら、あひるは始めのうちは見るには見ても、それが食物になるという事に気がつかないのか、いっこう無頓着なように見えたが、しばらくしてから気がついてついばんではみたも・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫