・・・ところがある日葺屋町の芝居小屋などを徘徊して、暮方宿へ帰って見ると、求馬は遺書を啣えたまま、もう火のはいった行燈の前に、刀を腹へ突き立てて、無残な最後を遂げていた。甚太夫はさすがに仰天しながら、ともかくもその遺書を開いて見た。遺書には敵の消・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったんたが飛んで行って、其の頭蓋骨を破ったので、迸る血烟と共に、彼は階子を逆落しにもんどりを打って小蒸汽の錨の下に落ちて、横腹に大負傷をしたのである。薄地セルの華奢な・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
『何か面白い事はないか?』『俺は昨夜火星に行って来た』『そうかえ』『真個に行って来たよ』『面白いものでもあったか?』『芝居を見たんだ』『そうか。日本なら「冥途の飛脚」だが、火星じゃ「天上の飛脚」でも演るんだろう?・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・同じ白石の在所うまれなる、宮城野と云い信夫と云うを、芝居にて見たるさえ何とやらん初鰹の頃は嬉しからず。ただ南谿が記したる姉妹のこの木像のみ、外ヶ浜の沙漠の中にも緑水のあたり、花菖蒲、色のしたたるを覚ゆる事、巴、山吹のそれにも優れり。幼き頃よ・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・小癪な子よ。芝居は好きだから、あたいよく仕込んでやる、わ」 吉弥はすぐ乗り気になって、いよいよそうと定まれば、知り合いの待合や芸者屋に披露して引き幕を贈ってもらわなければならないとか、披露にまわる衣服にこれこれかかるとか、かの女も寝ころ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ が、諸藩の勤番の田舎侍やお江戸見物の杢十田五作の買妓にはこの江戸情調が欠けていたので、芝居や人情本ではこういう田五作や田舎侍は無粋な執深の嫌われ者となっている。維新の革命で江戸の洗練された文化は田舎侍の跋扈するままに荒され、江戸特有の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 私は、いろいろの人たちの旅行の話や、芝居の話や、音楽の話などを聞きます。雨や、風にいじめられていた私は、こうしていま蘇生っています。まだ、私は、これから先にも、いろいろのおもしろい有り様を見たり、話を聞くことができましょう――。「・・・ 小川未明 「煙突と柳」
俳優というものは、如何いうものか、こういう談を沢山に持っている、これも或俳優が実見した談だ。 今から最早十数年前、その俳優が、地方を巡業して、加賀の金沢市で暫時逗留して、其地で芝居をうっていたことがあった、その時にその・・・ 小山内薫 「因果」
・・・鰻の寝床みたいな狭い路地だったけれど、しかしその辺は宗右衛門町の色町に近かったから、上町や長町あたりに多いいわゆる貧乏長屋ではなくて、路地の両側の家は、たとえば三味線の師匠の看板がかかっていたり、芝居の小道具づくりの家であったり、芸者の置屋・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 石田はなにか芝居でも見ているような気でその窓を眺めていたが、彼の心には先の夜の青年の言った言葉が不知不識の間に浮かんでいた。――だんだん人の秘密を盗み見するという気持が意識されて来る。それから秘密のなかでもベッドシーンの秘密が捜したく・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫