・・・家計の困難を悲むようなら、なぜ富貴の家には生れ来ぬぞ……その時先生が送られた手紙の文句はなお記憶にある……其の胆の小なる芥子の如く其の心の弱きこと芋殻の如し、さほどに貧乏が苦しくば、安ぞ其始め彫ちょうい錦帳の中に生れ来らざりし。破壁・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・寂とした暮方、……空地の水溜を町の用心水にしてある掃溜の芥棄場に、枯れた柳の夕霜に、赤い鼻を、薄ぼんやりと、提灯のごとくぶら下げて立っていたのは、屋根から落ちたか、杢若どの。……親は子に、杢介とも杢蔵とも名づけはしない。待て、御典医であった・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・走りもとの破れた芥箱の上下を、ちょろちょろと鼠が走って、豆洋燈が蜘蛛の巣の中に茫とある……「よう、買っとくれよ、お弁当は梅干で可いからさ。」 祖母は、顔を見て、しばらく黙って、「おお、どうにかして進ぜよう。」 と洗いさした茶・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・まるでそら、芥塵か、蛆が蠢めいているように見えるじゃあないか。ばかばかしい」「これはきびしいね」「串戯じゃあない。あれ見な、やっぱりそれ、手があって、足で立って、着物も羽織もぞろりとお召しで、おんなじような蝙蝠傘で立ってるところは、・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・雛芥子が散って実になるまで、風が誘うを視めているのだ。色には、恋には、情には、その咲く花の二人を除けて、他の人間はたいがい風だ。中にも、ぬしというものはな、主人というものはな、淵に棲むぬし、峰にすむ主人と同じで、これが暴風雨よ、旋風だ。一溜・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・裏縁に引いた山清水に……西瓜は驕りだ、和尚さん、小僧には内証らしく冷して置いた、紫陽花の影の映る、青い心太をつるつる突出して、芥子と、お京さん、好なお転婆をいって、山門を入った勢だからね。……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・な町のお稲荷様の御利生にて御得意旦那のお子さまがた疱瘡はしかの軽々焼と御評判よろしこの度再板達磨の絵袋入あひかはらず御風味被成下候様奉希候以上 以上の文句の通りに軽々と疱瘡痲疹の大厄を済まして芥子ほどの痘痕さえ残らぬようという縁喜が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・もし芥種のごとき信仰あらば、この山に移りてここよりかしこに移れと命うとも、かならず移らん、また汝らに能わざることなかるべしとイエスはいいたまいました。またおおよそ神によりて生まるる者は世に勝つ、われらをして世に勝たし・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・日本橋一丁目で降りて、野良犬や拾い屋が芥箱をあさっているほかに人通りもなく、静まりかえった中にただ魚の生臭い臭気が漂うている黒門市場の中を通り、路地へはいるとプンプン良い香いがした。 山椒昆布を煮る香いで、思い切り上等の昆布を五分四角ぐ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・小草が数本に、その一本を伝わって倒に這降りる蟻に、去年の枯草のこれが筐とも見える芥一摘みほど――これが其時の眼中の小天地さ。それをば片一方の眼で視ているので、片一方のは何か堅い、木の枝に違いないがな、それに圧されて、そのまた枝に頭が上ってい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫