・・・途中、四谷新宿へ突抜けの麹町の大通りから三宅坂、日比谷、……銀座へ出る……歌舞伎座の前を真直に、目的の明石町までと饒舌ってもいい加減の間、町充満、屋根一面、上下、左右、縦も横も、微紅い光る雨に、花吹雪を浮かせたように、羽が透き、身が染って、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・うらうらと晴れて、まったく少しも風の無い春の日に、それでも、桜の花が花自身の重さに堪えかねるのか、おのずから、ざっとこぼれるように散って、小さい花吹雪を現出させる事がある。机上のコップに投入れて置いた薔薇の大輪が、深夜、くだけるように、ばら・・・ 太宰治 「散華」
・・・だと言ってしょげかえっているかと思うと、きょうは端午だ、やみまつり、などと私にはよく意味のわからぬようなことまでぶつぶつ呟いていたりする有様で、その日も、私が上野公園のれいの甘酒屋で、はらみ猫、葉桜、花吹雪、毛虫、そんな風物のかもし出す晩春・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・きお土産、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴしゃんと錠をおろされて、それっきり、以来、十箇月、桜の花吹雪より藪蚊を経て、しおから蜻蛉、紅葉・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
一 花吹雪という言葉と同時に、思い出すのは勿来の関である。花吹雪を浴びて駒を進める八幡太郎義家の姿は、日本武士道の象徴かも知れない。けれども、この度の私の物語の主人公は、桜の花吹雪を浴びて闘うところだけは少・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・その時は隣の菓子屋の主婦と子供を二、三人連れて、花吹雪の竹の台を歩いていた。横顔は著しく痩せてはいたが、やがて死ぬ人とも見えなかったのである。 自分が年中で一番厭な時候が再び来て暗闇阪にはまたやもりを見るようになった。ある夜荒物屋の裏を・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
出典:青空文庫