・・・大門を出てから、ある安料埋店で朝酒を飲み、それから向島の百花園へ行こうということに定まったが、僕は千束町へ寄って見たくなったので、まず、その方へまわることにした。 僕は友人を連れて復讐に出かけるような意気込みになった。もっとも、酒の勢い・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・谷中から上野を抜けて東照宮の下へ差掛った夕暮、偶っと森林太郎という人の家はこの辺だナと思って、何心となく花園町を軒別門札を見て歩くと忽ち見附けた。出来心で名刺を通じて案内を請うと、暫らくして夫人らしい方が出て来られて、「ドウいう御用ですか?・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・テーブルの上には、カーネーションや、リリーや、らんの花などが盛られて、それらの草花の香気も混じって、なんともいえない、ちょうど南国の花園にいったときのような感じをさせるのであります。 私は、いろいろの人たちの旅行の話や、芝居の話や、音楽・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・そして、おばあさんはさきに立って、戸口から出てうらの花園の方へとまわりました。少女はだまって、おばあさんのあとについて行きました。 花園には、いろいろの花が、いまをさかりと咲いていました。ひるまは、そこに、ちょうや、みつばちが集まってい・・・ 小川未明 「月夜とめがね」
・・・池と花園との間の細い小径へ出ると、「かくれみの」の樹の葉が活々と茂り合っていて、草の上に落ちた影は殊に深い緑色に見えた。日に萎れたような薔薇の息は風に送られて匂って来る。それを嗅ぐと、急に原は金沢の空を思出した。畠を作ったり、鶏を飼ったりし・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・両岸には人家や樹陰の深い堤があるので、川の女神は、女王の玉座から踏み出しては家毎の花園の守神となり、自分のことを忘れて、軽い陽気な足どりで、不断の潤いを、四辺のものに恵むのです。 バニカンタの家は、その川の面を見晴していました。構えのう・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・女は玩具、アスパラガス、花園、そんな安易なものでは無かった。この愚直の強さは、かえって神と同列だ。人間でない部分が在る、と彼は、真実、驚倒した。筆を投じて、ソファに寝ころび、彼は、女房とのこれ迄の生活を、また、決闘のいきさつを、順序も無くち・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・川さんは大きな写真帖を持って来て、私に見せて下さいましたけれど、私は芹川さんの、うるさいほど叮嚀な説明を、いい加減に合槌打って拝聴しながら一枚一枚見ていって、そのうちに、とても綺麗な学生さんが、薔薇の花園の背景の前に、本を持って立っている写・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ あわれ、この花園の妖しさよ。 この花園の奇しき美の秘訣を問わば、かの花作りにして花なるひとり、一陣の秋風を呼びて応えん。「私たちは、いつでも死にます。」一語。二語ならば汚し。 花は、ちらばり乱れて、ひとつひとつ、咲き誇り、「生・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。一身の利害に対して頭がよい人は戦士にはなりにくい。 頭のいい人には他人の仕事のあらが目につきやすい。その結果として自然に他人のする事が愚か・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
出典:青空文庫