・・・文化年間に至って百花園の創業者佐原菊塢が八重桜百五十本を白髭神社の南北に植えた。それから凡三十年を経て天保二年に隅田村の庄家阪田氏が二百本ほどの桜を寺島須崎小梅三村の堤に植えた。弘化三年七月洪水のために桜樹の害せられたものが多かったので、須・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・この霊魂を寝かして置いて混沌たる物事を、生きた事業や喜怒哀楽の花園に作り上げずにいて、それを今わしが口から聞くというのは、其方の罪じゃ。人というものは縛せられてもおり、またある機会にはその縛を解かれもするものじゃ。夢の中に泣いて苦労に疲れて・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 私はきたないものなんかは一寸もさわりゃしない――お前の手をさわりたいために私の花園で一番美くしい花の精をぬって来たほどだもの。精女 御やめ下さいませ、何となく悪い事の起る前兆の様な気が致します。ペーン 悪い事? 私は若い、そいで相・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・デイトリッヒとボアイエとが演じた「沙漠の花園」はフランスのカソリック精神と人間の情熱とアフリカの沙漠とを結びつけた平凡な一つの作品であった。ラテン文化はアフリカを植民地化そうとした時から文化芸術の面でのアフリカのロマンティック化に従事して来・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ 観客に対する関係からでも映画製作者は恋愛のさまざまに変化ある捕え方に苦心しているのであろうが、せんだってのディートリッヒとヴォアイエの「砂漠の花園」などは中途はんぱで工夫倒れの感があった。それよりは「あまかける恋」におけるゲーブルとク・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・「百花園」と事務員が運転手に告げた。それが私共の耳にまで通った。「あ、分っちゃった」 網野さんが首をちぢめ、例の小ちゃい金冠の歯が光り、睫毛の長い独特の眼が感興で活々した。「行きましたか? 近頃」「いいえ、でも行く前・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ ドロンとした空に恥をさらして居る気の利かない桐を見た目をうつすと、向うと裏門の垣際に作られた花園の中の紅い花が、びっくりするほど華に見える。 鶏が入らない様にあらい金網で仕切られた五坪ほどの中に六つ七つの小分けがつけてある。 ・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・汽車で上野に着いて、人力車を倩って団子坂へ帰る途中、東照宮の石壇の下から、薄暗い花園町に掛かる時、道端に筵を敷いて、球根からすぐに紫の花の咲いた草を列べて売っているのを見た。子供から半老人になるまでの間に、サフランに対する智識は余り進んでは・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・ベランダは花園の方を向いていた。彼はこのベランダで夜中眼が醒める度に妻より月に悩まされた。月は絶えず彼の鼻の上にぶらさがったまま皎々として彼の視線を放さなかった。その海の断面のような月夜の下で、花園の花々は絶えず群生した蛾のようにほの白い円・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・処女の波は彼の胸の前で二つに割れると、揺らめく花園のように駘蕩として流れていった。 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫