・・・その後日英同盟の意識で占領された時代もあります。かく推論の結果心理学者の解剖を拡張して集合の意識やまた長時間の意識の上に応用して考えてみますと、人間活力の発展の経路たる開化というものの動くラインもまた波動を描いて弧線を幾個も幾個も繋ぎ合せて・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・て一気にこの坂を馳け下りんとの野心あればなり、坂の長さ二丁余、傾斜の角度二十度ばかり、路幅十間を超えて人通多からず、左右はゆかしく住みなせる屋敷ばかりなり、東洋の名士が自転車から落る稽古をすると聞いて英政府が特に土木局に命じてこの道路を作ら・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亜を植民地視するその帝国主義にあるのでなければならない・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・それは青山御所を建てたコンドルという英人が建てたとか、あまり大きくもない煉瓦の建物であったが、当時の法文科はその一つの建物の中に納っていたのである。しかもその二階は図書室と学長室などがあって、太いズボンをつけた外山さんが、鍵をがちゃつかしな・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・すなわちこれ心情の偏重なるものにして、いかなる英明の士といえども、よくこの弊を免かるる者ははなはだ稀なり。 あるいは一人と一人との私交なれば、近く接して交情をまっとうするの例もなきに非ざれども、その人、相集まりて種族を成し、この種族と、・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・是等に関する英書は随分蒐めたもので、殆ど十何年間、三十歳を越すまで研究した。呉博士と往復したのも、参考書類を読破しようという熱心から独逸語を独修したのも、此時だ。けれども其結果、どうも個人の力じゃ到底やり切れんと悟った。ヴントの実験室、ジェ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・こんな立派な火山弾は、大英博物館にだってないぜ。」 みんなは器械を草の上に置いて、ベゴ石をまわってさすったりなでたりしました。「どこの標本でも、この帯の完全なのはないよ。どうだい。空でぐるぐるやった時の工合が、実によくわかるじゃない・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・幕末の、進歩的な藩に置かれた藩学校は、当時表面上は幕府法律で禁じられていた英、蘭学の学習を秘密に行ったり、「万国」の事情に精通しようとする努力を示した。それは、たしかに幕府政治の無力を知り、封建制におしひしがれている社会生活について沈黙して・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・二女竹姫はのちに有吉頼母英長の妻になる人である。弟には忠利が三斎の三男に生まれたので、四男中務大輔立孝、五男刑部興孝、六男長岡式部寄之の三人がある。妹には稲葉一通に嫁した多羅姫、烏丸中納言光賢に嫁した万姫がある。この万姫の腹に生まれた禰々姫・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それは自分がアフリカのニグロについて何も知らなかったせいでもあるが、また同時に英米人の祖先たちがアフリカに対して何をなしたかを知らなかったせいでもある。自分はここにその個所を紹介することによって右の書に対する関心を幾分かでもそそりたいと思う・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫