・・・ 幾子は美しい横顔にぱっと花火を揚げた。「じゃ、君は入山が……」 好きなのかと皆まできかず、幾子はうなずいた。 彼は「カスタニエン」に戻ると、牛のように飲み出した。飲み出すと執拗だ。殆ど前後不覚に酔っぱらってしまった。 ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 手品と花火 これはまた別の日。 夕飯と風呂を済ませて峻は城へ登った。 薄暮の空に、時どき、数里離れた市で花火をあげるのが見えた。気がつくと綿で包んだような音がかすかにしている。それが遠いので間の抜けた時に鳴・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・それも花火に仕掛けられた紙人形のように、身体のあらゆる部分から力を失って。―― 私の眼はだんだん雲との距離を絶して、そう言った感情のなかへ巻き込まれていった。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るとこ・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・ 私はまたあの花火というやつが好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてあ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・や、督促を食った末に女房の帯を質屋へたたき込んで出す税とは訳が違う金なのだから、同じ税でも所得税なぞは、道成寺ではないが、かねに恨が数ござる、思えばこのかね恨めしやの税で、こっちの高慢税の如きは、金と花火は飛出す時光る、花火のように美しい勢・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・踊り屋台、手古舞、山車、花火、三島の花火は昔から伝統のあるものらしく、水花火というものもあって、それは大社の池の真中で仕掛花火を行い、その花火が池面に映り、花火がもくもく池の底から涌いて出るように見える趣向になって居るのだそうであります。凡・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・あの時、私は床屋にいて散髪の最中であったのだが、知らせの花火の音を聞いているうちに我慢出来なくなり、非常に困ったのである。嫂も、あの時、針仕事をしていたのだそうであるが、花火の音を聞いたら、針仕事を続けることが出来なくなって、困ってしまった・・・ 太宰治 「一燈」
・・・所詮、人は花火になれるものではないのである。事実は知らず、転向という文字には、救いも光明も意味されている筈である。そんなら、かれの場合、これは転向という言葉さえ許されない。廃残である。破産である。光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたので・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 両国の花火のモンタージュがある。前にヤニングス主演の「激情のあらし」でやはり花火をあしらったのがあった。あの時は嫉妬に燃える奮闘の場面に交錯して花火が狂奔したのでずいぶんうまく調和していたが、今度のではそういう効果はなかったようである・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・あるいは花火のようなものに真綿の網のようなものを丸めて打ち上げ、それが空中でぱっとからすうりの花のように開いてふわりと敵機を包みながらプロペラにしっかりとからみつくというようなくふうはできないかとも考えてみる。蜘蛛のあんなに細い弱い糸の網で・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫