・・・紳士は背のすらっとした、どこか花車な所のある老人で、折目の正しい黒ずくめの洋服に、上品な山高帽をかぶっていた。私はこの姿を一目見ると、すぐにそれが四五日前に、ある会合の席上で紹介された本多子爵だと云う事に気がついた。が、近づきになって間もな・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・唐縮緬の三つ身の袖には咲き乱れた春の花車が染め出されている。嬢やはと聞くと、さっきから昼寝と答えたきり、元の無言に帰る。火鉢の鉄瓶の単調なかすかな音を立てているのだけが、何だか心強いような感じを起させる。眼瞼に蔽いかかって来る氷袋を直しなが・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・絵画、音楽、詩などを代表した花車も来る。赤十字の旗を立てた救護隊も交じっている。ずっとあとから「女皇中の女皇」マドムアゼルなにがしと言うのが花車の最高段の玉座に冠をいただいてすわっている。それからいろいろ広告の山車がたくさん来て、最後にまた・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・いずれも市井の特色を描出して興趣津々たるが中に鍬形くわがたけいさいが祭礼の図に、若衆大勢夕立にあいて花車を路頭に捨て見物の男女もろともに狼狽疾走するさまを描きたるもの、余の見し驟雨の図中その冠たるものなり。これに亜ぐものは国芳が御厩川岸雨中・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・ジョア・インテリゲンツィア作家は、一年来声を大きくして来た文芸復興を内容づけるためのリアリズム検討につれ、プロレタリア作家の或る者は、社会主義的リアリズムに対する或る種の解釈の模型として、バルザックの花車は、急調子に、同時に些か粗忽に、様々・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・お前の明るいお下の頭が、あの梯子を登った暗い穴の所へ、ひょっこり花車のように現われるのさ。すると、俺は、すっかり憂鬱がなくなっちゃって、はしゃぎ廻ったもんだ。とにかく、あの頃は、俺も貧乏していたが、一番愉快だった。あれからは、俺もお前も、若・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫