・・・そのまた小えん自身にも、読み書きといわず芸事といわず、何でも好きな事を仕込ませていた。小えんは踊りも名を取っている。長唄も柳橋では指折りだそうだ。そのほか発句も出来るというし、千蔭流とかの仮名も上手だという。それも皆若槻のおかげなんだ。そう・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・と六金さんがきくと、「師匠も知ってるから、きいてごらんなさい。芸事にゃあ、器用なたちでね。歌沢もやれば一中もやる。そうかと思うと、新内の流しに出た事もあると云う男なんで。もとはあれでも師匠と同じ宇治の家元へ、稽古に行ったもんでさあ。」・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・よいか、わしが無理借りに此方へ借りて来て、七ツ下りの雨と五十からの芸事、とても上りかぬると謗らるるを関わず、しきりに吹習うている中に、人の居らぬ他所へ持って出ての帰るさに取落して終うた、気が付いて探したが、かいくれ見えぬ、相済まぬことをした・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・、後正夢と蘭蝶を語ってもらい、それがすんでから、皆は応接間のほうに席を移し、その時に兄は、「こんな時代ですから、田舎に疎開なさって畑を作らなければならぬというのも、お気の毒な身の上ですが、しかし、芸事というものは、心掛けさえしっかりして・・・ 太宰治 「庭」
・・・ お絹の説明によると、おひろは踊りもひとしきり高潮に達した時期があって、お絹自身が目を聳てたくらいだったが、やっぱりいろいろな苦労があって、芸事ばかりにも没頭していられなかった。「今の人はほんとに、ちょろつかなもんや。私に限らず、家・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫