・・・倭国の禍になるものは芽生えのうちに除こうと思ったのである。しかし行長は嘲笑いながら、清正の手を押しとどめた。「この小倅に何が出来るもんか? 無益の殺生をするものではない。」 二人の僧はもう一度青田の間を歩き出した。が、虎髯の生えた鬼・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・ 何しろお前たちは見るに痛ましい人生の芽生えだ。泣くにつけ、笑うにつけ、面白がるにつけ淋しがるにつけ、お前たちを見守る父の心は痛ましく傷つく。 然しこの悲しみがお前たちと私とにどれ程の強みであるかをお前たちはまだ知るまい。私たちはこ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ すでに幼時より、このロマンチシズムは、芽生えていたのである。私の故郷は、奥州の山の中である。家に何か祝いごとがあると、父は、十里はなれたAという小都会から、四、五人の芸者を呼ぶ。芸者たちは、それぞれ馬の背に乗ってやって来る。他に、交通・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・ 三郎の嘘の花はこの黄村の吝嗇から芽生えた。八歳になるまでは一銭の小使いも与えられず、支那の君子人の言葉を暗誦することだけを強いられた。三郎はその支那の君子人の言葉を水洟すすりあげながら呟き呟き、部屋部屋の柱や壁の釘をぷすぷすと抜いて歩・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・というものの芽生えが出来た事を意味する。例えば吾人が今日云う意味での「石」という言葉が出来たとする。これは既に自然界の万象の中からあるものが選び出され抽象されて、一つのいわゆる「類概念」が構成された事を意味する。同様に石を切る、木を切るとい・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・人生行路に横たわる幾多の陥穽に対する警戒の芽生えを植付けてくれたような気がする。他人の軽微な苦痛を己が享楽の小杯に盛ろうとする不思議な心理がいかなる善良な人々の心の奧にも潜在することを教えてくれたようである。それから、冒険というものに対する・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ 現在の高等学校や大学の学生のうちにだって、そういう天才の芽生えがいないとは限らない。そういう芽を、狭い偏見で押しつぶさないことが大切である。そういうものがいよいよ芽を出し始めた時に、新聞で書き立てたり講演に引っぱり出したりしないことが・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・ 第一次ヨーロッパ大戦後、日本にも民主的社会への自覚が芽生え、古い階級社会から解放されようとする動きとその文学とが生れはじめた。しかし、「伸子」の作者は、当時まだそういう新しい歴史の展開を自身のものとしていなかった。「伸子」の苦悩と翹望・・・ 宮本百合子 「あとがき(『伸子』第一部)」
・・・――或る日、子供は畑から青紫蘇の芽生えに違いないと鑑定をつけた草を十二本抜いて来た。それから、その空地のちょうど真中ほどの場所を選んで十二の穴を掘った。十二の穴がちゃんと同じような間を置いて、縦に三つ、横に四側並ぶようにと、どんなに熱心に竹・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・そして、やがて友情が芽生え、その友情はあらゆる真摯な人間関係がそうであるとおり、互の成長の足どりにつれて幾変転し、試され試し、幾度か脱皮してその人々の人生へもたらされて来るのである。 境遇が同じようだというだけでは、まだ真の友情の生れる・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
出典:青空文庫