・・・その時、ちょうど夫婦喧嘩をして妻に敗けた夫が、理由もなく子供を叱ったり虐めたりするような一種の快感を、私は勝手気儘に短歌という一つの詩形を虐使することに発見した。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ やがて、一年間の苦しい努力・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・そのうち巡査のことをちっとでも忘れると、それ今夜のように人の婚礼を見せびらかしたり、気の悪くなる談話をしたり、あらゆることをして苛めてやる」「あれ、伯父さん、もう私は、もう、ど、どうぞ堪忍してくださいまし。お放しなすって、え、どうしょう・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・児供に虐め殺された乎、犬殺しの手に掛ったか、どの道モウいないものと断念めにゃならない」と、自分の児供を喪くした時でもこれほど落胆すまいと思うほどに弱り込んでいた。家庭の不幸でもあるなら悔みの言葉のいいようもあるが、犬では何と言って慰めて宜い・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・の教師が、この木の下に立って、さも痛ましそうにして、皮の剥がれた幹を撫していましたが――よくこれで水を吸い上げるものだと言わぬばかりの顔をしながら――やがて、何に深く感動してか、溜息を洩らして、「苛められる者は、強い!」と、言いました。・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・こうした、数々の場合に際会するたびに、深く頭に印象されたものは、貧民を相手とする商売の多くは、弱い者苛めをする吸血漢の寄り集りということでした。 第一質屋がそれであります。合法的に店を張っているには相違ないけれど、苦しい中から、利子を収・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・ すると、私の顔はだんだんにいまに苛められるだろうという継子の顔じみてきて、その顔を浜子に向けると、この若い継母はかなり継母じみてくるのでした。浜子は私めずらしさにももうそろそろ飽きてきた時だったのでしょう。夜、父が寄席へ出かけた留守中・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・木賃宿を泊り歩いているうちに周旋屋にひっ掛って、炭坑へ行ったところ、あらくれの抗夫達がこいつ女みてえな肌をしやがってと、半分は稚児苛めの気持と、半分は羨望から無理矢理背中に刺青をされた。一の字を彫りつけられたのは、抗夫長屋ではやっていた、オ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・坂田をいたわろうとする筆がかえってこれでもかこれでもかと坂田を苛めぬく結果となってしまったというのも、実は自虐の意地悪さであった。私は坂田の中に私を見ていたのである。もっとも坂田の修業振りや私生活が私のそれに似ているというのではない。いうな・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・せんか、と妙に見当はずれた、しかし痛いことを言い、そして、あんたは軽部さんのことそんな風に言うけれど、私はなんだか素直な、初心な人だと思うよ、変に小才の利いた、きびきびした人の所へお嫁にやって、今頃は虐められてるんじゃないかと思うより、軽部・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
出典:青空文庫