・・・客の一人は河岸の若い衆、もう一人はどこかの職工らしかった。我々は二人ずつ向い合いに、同じ卓に割りこませて貰った。それから平貝のフライを肴に、ちびちび正宗を嘗め始めた。勿論下戸の風中や保吉は二つと猪口は重ねなかった。その代り料理を平げさすと、・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・おお、それからいまのさき、私が田圃から帰りがけに、うつくしい女衆が、二人づれ、丁稚が一人、若い衆が三人で、駕籠を舁いてぞろぞろとやって来おった。や、それが空駕籠じゃったわ。もしもし、清心様とおっしゃる尼様のお寺はどちらへ、と問いくさる。はあ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「取舵だい」と叫ぶと見えしが、早くも舳の方へ転行き、疲れたる船子の握れる艪を奪いて、金輪際より生えたるごとくに突立ちたり。「若い衆、爺が引受けた!」 この声とともに、船子は礑と僵れぬ。 一艘の厄介船と、八人の厄介船頭と、二十・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・ 若き娘に幸あれと、餅屋の前を通過ぎつつ、 ――若い衆、綺麗な娘さんだね、いい婿さんが持たせたいね―― ――ええ、餅屋の婿さんは知りませんが、向う側のあの長い塀、それ、柳のわきの裏門のありますお邸は、……旦那、大財産家でございま・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 何の真似やら、おなじような、あたまから羽織を引かぶった若い衆が、溝を伝うて、二人、三人、胡乱々々する。 この時であった。 夜も既に、十一時すぎ、子の刻か。――柳を中に真向いなる、門も鎖し、戸を閉めて、屋根も、軒も、霧の上に、苫・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・御輿舁ぎは奥の院十八軒の若い衆が水干烏帽子だ。――南無大師、遍照金剛ッ! 道の左右は人間の黒山だ。お捻の雨が降る。……村の嫁女は振袖で拝みに出る。独鈷の湯からは婆様が裸体で飛出す――あははは、やれさてこれが反対なら、弘法様は嬉しかんべい。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・牛舎へも水が入りましたと若い衆も訴えて来た。 最も臆病に、最も内心に恐れておった自分も、側から騒がれると、妙に反撥心が起る。殊更に落ちついてる風をして、何ほど増して来たところで溜り水だから高が知れてる。そんなにあわてて騒ぐに及ばないと一・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・昔は大抵な家では自宅へ職人を呼んで餅を搗かしたもんで、就中、下町の町家では暮の餅搗を吉例としたから淡島屋の団扇はなければならぬものとなって、毎年の年の市には景物目的のお客が繁昌し、魚河岸あたりの若い衆は五本も六本も団扇を貰って行ったそうであ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・煤だらけな顔をした耄碌頭巾の好い若い衆が気が抜けたように茫然立っていた。刺子姿の消火夫が忙がしそうに雑沓を縫って往ったり来たりしていた。 泥塗れのビショ濡れになってる夜具包や、古行李や古葛籠、焼焦だらけの畳の狼籍しているをくものもあった・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・店の若い衆なども浴衣がけで、昼見る時とはまるで異ったふうに身体をくねらせながら、白粉を塗った女をからかってゆく。――そうした町も今は屋根瓦の間へ挾まれてしまって、そのあたりに幟をたくさん立てて芝居小屋がそれと察しられるばかりである。 西・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫