・・・嘗は、林右衛門も、この苦境に陥っていた。が、彼には「家」のために「主」を捨てる勇気がある。と云うよりは、むしろ、始からそれほど「主」を大事に思っていない。だから、彼は、容易く、「家」のために「主」を犠牲にした。 しかし、自分には、それが・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・妻として苦境に堪えて行く顔は充実して表現されるが、もっと内部的に複雑な葛藤を物語る際になると、顔は非常に消極的な役割しか演じなくなる。「裸の町」についていえば夫の留守債鬼に囲まれながら孤城のような店に立てこもっている妻の顔つきは全く内部の感・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・一人の労働者の若者を主人公として、その家庭的苦境と職場での日和見的勢力との苦闘を、当時の一つの階級的現実として描いた作品であった。苦渋な、しかし真摯な作品である。「小祝の一家」が雑誌『文芸』に発表されて程なく、一九三三年十二月二十六日宮・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・公的な根拠において、国民負担による高給をうけとり、戦争手当をうけとり自分たちの何一つ不自由のない購買組合によってその妻子までを、戦時下の人民一般の苦境にふれる必要ない生活を営ませて来た以上、彼の一生は、公的に導びかれ解決されるべきであった。・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・けれども客観的にみればこれは日本の近代的重工業の生産力が全く立ち遅れている苦境を、若く、一つの情熱によって命を捨て得る青年の生命によって埋めて行こうとした軍事的手段であった。特攻隊に参加はしなかったが学徒動員と徴用とによって過去四、五年間日・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・の間に知っていて、しかも彼女が人間としてより自由な、より豊富な情操の発展として愛を望むと、その方向には既成社会が、貧困、無智、過労とともに下層階級の女の肩に一際重くなげかけている妻、母としての半奴隷的苦境が見える現実である。 アグネスは・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・興業師のマンネリズムがカッスル・ウォークの真価をみとめないで苦境におかれるという関係の面だけは後で説明しているけれども。 アステアの踊りの感覚からおしはかると、そういうピエロの悲しみが決して分らない男だとは思えない。監督が何か表面の筋に・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・そういう中である日思いがけず高等室の机の上に『働く婦人』五月号を見つけた時の私の心持ちを察して下さい。苦境の中で編輯された跡がありありと感じられました。 つづいて六月十九日の「コップ」拡大協議会解散後の素晴らしいデモの様子を新聞で知り思・・・ 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
・・・を読んだ人は、おそらく梶という名で立ちあらわれている一人物を通して作家横光の複雑な苦境と混乱とそれに何とか恰好をつけようとしてとられている身振りの貧寒さを感ぜざるを得なかったであろうと思う。 この錯雑した作品の中にも、実感のある幾つかの・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫