・・・が、門の奥にある家は、――茅葺き屋根の西洋館はひっそりと硝子窓を鎖していた。僕は日頃この家に愛着を持たずにはいられなかった。それは一つには家自身のいかにも瀟洒としているためだった。しかしまたそのほかにも荒廃を極めたあたりの景色に――伸び放題・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・それから数株の梅の老木のほかには何一つなく清掃されている庭へ出て、老師の室の前の茅葺きの簷下を、合掌しながら、もはや不安でいっぱいになった身体をしいて歩調を揃えて往ったり来たりして、やはり老師さん! 老師さん! を繰返し続けたが、だんだんそ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ ――彼は、内地の茅葺きの家を思い浮べた。そこは、外には、骨を削るような労働が控えている。が、家の中には、温かい囲炉裏、ふかしたての芋、家族の愛情、骨を惜まない心づかいなどがある。地酒がある。彼は、そういうものを思い浮べた。――俺だって・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫