・・・手帳と鉛筆とを携えて散歩に出掛けたスコットをばあざけりしウォーズウォルスは、決して写実的に自然を観てその詩中に湖国の地誌と山川草木を説いたのではなく、ただ自然その物の表象変化を観てその真髄の美感を詠じたのであるから、もしこの詩人の詩文を引い・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・僕はかつてこういうことがある、家弟をつれて多摩川のほうへ遠足したときに、一二里行き、また半里行きて家並があり、また家並に離れ、また家並に出て、人や動物に接し、また草木ばかりになる、この変化のあるのでところどころに生活を点綴している趣味のおも・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・道は狭くして繩の如し。草木繁りて路みえず。かかる所へ尋ね入る事、浅からざる宿習也。かかる道なれども釈迦仏は手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に立ちそひ、日月は眼に入りかはらせ給ふ故にや、同十七日、甲斐国波木井の郷へ着きぬ。波木井殿に対面あり・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そして自分が水を与ったので庭の草木の勢いが善くなって生々として来る様子を見ると、また明日も水撒をしてやろうとおもうのさ。」と云い了ってまた猪口を取り上げ、静に飲み乾して更に酌をさせた。「その日に自分が為るだけの務めをしてしまってから・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・地上の熱度漸く下降し草木漸く萠生し那辺箇辺の流潦中若干原素の偶然相抱合して蠢々然たる肉塊を造出し、日照し風乾かし耳目啓き手足動きて茲に乃ち人類なる者の初て成立せし以来、我日本の帝室は常に現在して一回も跡を斂めたることなし。我日本の帝室は開闢・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・多くの山家育ちの人達と同じように、わたしも草木なしにはいられない方だから、これまでいろいろなものを植えるには植えて見たが、日当りはわるく、風通しもよくなく、おまけに谷の底のようなこの町中では、どの草も思うように生長しない。そういう中で、わた・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・庭の内も今は草木の盛な時で、柱に倚凭って眺めると、新緑の香に圧されるような心地がする。熱い空気に蒸される林檎の可憐らしい花、その周囲を飛ぶ蜜蜂の楽しい羽音、すべて、見るもの聞くものは回想のなかだちであったのである。其時自分は目を細くして幾度・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・つまり、中畑さんには少しも色気が無くて、三十歳ちかくなってもお嫁さんをもらおうとしないのを、からかって「草木」などと呼んでいたものらしい。とうとう、私の父が世話して、私の家と遠縁の佳いお嬢さんをもらってあげた。中畑さんは、間もなく独立して呉・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 山川草木うたたあ荒涼 十里血なまあぐさあし新戦場 しかも、後半は忘れたという。「さ、帰るぞ、俺は。お前のかかには逃げられたし、お前のお酌では酒がまずいし、そろそろ帰るぞ」 私は引きとめなかった。 彼は立・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・これに比べると低地の草木にはどこかだらしのない倦怠の顔付が見えるようである。 帰りに、峰の茶屋で車を下りて眼の上の火山を見上げた。代赭色を帯びた円い山の背を、白いただ一筋の道が頂上へ向って延びている。その末はいつとなく模糊たる雲煙の中に・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫