・・・臥シテ聴ク羸馬ノ残蔬ヲムトイフトコロコレナリ。鶯声ノ耳ニ上ル近キモマタ愛スベシ。今水ヲ隔テテコレヲ聴ク。殊ニ趣アルヲ覚ユ。」 寺門静軒が『江頭百詠』を刻した翌年遠山雲如が『墨水四時雑詠』を刊布した。雲如は江戸の商家に生れたが初文章を長野・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 暗い、暑い、息詰る、臭い、ムズムズする、悪ガスと、黴菌に充ちた、水夫室だった。 病人は、彼のベッドから転げ落ちた。 彼は「酔っ払って」いた。 彼の腹の中では、百パーセントのアルコールよりも、「ききめ」のある、コレラ菌が暴れ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ その一つは私が大変赤い着物を着て松茸がりに山に行った、香り高い茸がゾクゾクと出て居るので段々彼方ちへ彼方へと行くと小川に松の木の橋がかかって居た、私が渡り終えてフット振向とそれは大蛇でノタノタと草をないで私とはあべこべの方へ這って行く・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・人類の社会が、より健康に、より少い悲惨をもって営まれるために、結核菌はどのような方向で征服されてゆかなければならないかということが、すべての作品の底を流れて語られているのである。そういう意味でこれらの作品は、あたりまえの文学作品一般をよむ目・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・シラミはチフス菌を背負って歩いていた。―― 今この三等夜汽車で靴をはいたまんま寝て揺られている旅客の何人かが、一九一七年から二一年までの間にその光栄あるСССРの歴史的シラミを破れ外套の裾にくッつけてあるいていなかったと誰がいえる。さっ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・らない様に出来るだけ静かな気持を保つ様にして居るので、かなりゆとりのある自分の家の裏を、暮方本を読みながら足の向く方へ歩き廻ったり、連想の恐ろしくたくましい悧恰な小さい弟を対手に、そこいらに生えて居る菌を主人公にしたお話しをきかせたりするの・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・風呂場で、妙なセキが出るのね、と云ったとき、 菌のこと、自分にうつって居るかもしれぬ事 十八九日 朝零下のこと多し○七日 寺沢一時半に来る由、 冷静になろうとし、自分、机の前に来る。アディソンとスティールの wit よめ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・元より病勢はどしどし進んで、若い命は故郷の家へ悲しみと病菌とをのこして死んでしまうわけである。 上野の駅頭に密集した産業戦士たちの盆帰りの写真は、一方でその記事をよんでいる一般の人々の胸に、どんな感想をもって迫っただろうか。バスケットや・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
・・・すると彼の頭の中には、無数の肺臓が、花の中で腐りかかった黒い菌のように転がっている所が浮んで来る。恐らくその無数の腐りかかった肺臓は、低い街々の陽のあたらぬ屋根裏や塵埃溜や、それともまたは、歯車の噛み合う機械や飲食店の積み重なった器物の中へ・・・ 横光利一 「花園の思想」
松茸の出るころになるといつも思い出すことであるが、茸という物が自分に対して持っている価値は子供時代の生活と離し難いように思われる。トルストイの確か『戦争と平和』だったかにそういう意味で茸狩りの非常に鮮やかな描写があったと思う。 自・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫