・・・それが父が草臥れた時のしぐさであると同時に、何か心にからんだことのある時のしぐさだ。彼は座敷に荷物を運び入れる手伝いをした後、父の前に座を取って、そのしぐさに対して不安を感じた。今夜は就寝がきわめて晩くなるなと思った。 二人が風呂から上・・・ 有島武郎 「親子」
・・・さて草臥れば、別荘の側へ帰って独で呟くような声を出して居た。 冬の夜は永い。明別荘の黒い窓はさびしげに物音の絶えた、土の凍た庭を見出して居る。その内春になった。春と共に静かであった別荘に賑が来た。別荘の持主は都会から引越して来た。その人・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・――もっと深入した事は、見たまえ、ほっとした草臥れた態で、真中に三方から取巻いた食卓の上には、茶道具の左右に、真新しい、擂粉木、および杓子となんいう、世の宝貝の中に、最も興がった剽軽ものが揃って乗っていて、これに目鼻のつかないのが可訝いくら・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・……それまでが、そのままで、電車を待草臥れて、雨に侘しげな様子が、小鼻に寄せた皺に明白であった。 勿論、別人とは納得しながら、うっかり口に出そうな挨拶を、唇で噛留めて、心着くと、いつの間にか、足もやや近づいて、帽子に手を掛けていた極の悪・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・繁昌な処と申しながら、街道が一条海に添っておりますばかり、裏町、横町などと、謂ってもないのであります、その町の半頃のと有る茶店へ、草臥れた足を休めました。 二 渋茶を喫しながら、四辺を見る。街道の景色、また格別で・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・とうとう明神下の神田川まで草臥れ足を引摺って来たのが九時過ぎで、二階へ通って例の通りに待たされるのが常より一層待遠しかったが「こうして腹を空かして置くのが美食法の秘訣だ、」と、やがて持って来た大串の脂ッこい奴をペロペロと五皿平らげた。 ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・が、暫らくして踊り草臥れて漸く目が覚めると、苦々しくもなり馬鹿々々しくもなった。かつこの猿芝居は畢竟するに条約改正のための外人に対する機嫌取であるのが誰にも看取されたので、かくの如きは国家を辱かしめ国威を傷つける自卑自屈であるという猛烈なる・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 女房は走れるだけ走って、草臥れ切って草原のはずれの草の上に倒れた。余り駈けたので、体中の脈がぴんぴん打っている。そして耳には異様な囁きが聞える。「今血が出てしまって死ぬるのだ」というようである。 こんな事を考えている内に、女房は段・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ その時はおげんもさんざん乗って行った俥に草臥れていた。早く弟の家に着いて休みたいと思う心のみが先に立った。玄関には弟の家で見かけない婆やが出迎えて、「さあ、お茶のお支度も出来ておりますよ」 と慣れ慣れしく声を掛けてくれた。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 女房は走れるだけ走って、草臥れ切って草原のはずれの草の上に倒れた。余り駆けたので、体中の脈がぴんぴん打っている。そして耳には異様な囁きが聞える。「今血が出てしまって死ぬるのだ」と云うようである。 こんな事を考えている内に、女房は段・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫