・・・よくも汝が餓鬼どもさ教唆けて他人の畑こと踏み荒したな。殴ちのめしてくれずに。来」 仁右衛門は火の玉のようになって飛びかかった。当の二人と二、三人の留男とは毬になって赤土の泥の中をころげ廻った。折重なった人々がようやく二人を引分けた時は、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 僕は再び国府津へ行かないで――もし行ったら、ひょッとすると、旅の者が土地を荒らしたなど言いふらされて、袋だたきに逢わされまいものでもないから――金子だけを送ってやることに初めから心には定めていたので、すぐ吉弥宛てで電報がわせをふり出し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、すずめたちは、かがしを侮って、稲を荒らしましたが、ある日、おじいさんの息子の打った、ほんとうの鉄砲で、みんな殺されてしまいました。 いつでも、ばかとりこうとは、ちょっと見分けのつかぬものです。・・・ 小川未明 「からすとかがし」
・・・にこんなに永く逗留するつもりじゃなかったんだが、君とも心安くなるし、ついこんなに永逗留をしてしまったわけさ、それでね、君に旅用だけでも遺してってあげようと思ったんだが、広くもねえ町を、あまりいつまでも荒したもんだから、人がもう寄らなくなって・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・インケツの松と名乗って京極や千本の盛り場を荒しているうちに、だんだんに顔が売れ、随分男も泣かしたが、女も泣かした。面白い目もして来たが、背中のこれさえなければ堅気の暮しも出来たろうにと思えば、やはり寂しく、だから競馬へ行っても自分の一生を支・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・それで、二年分もあるのだが、自分の家に焚きものとするとて、畠のつゞきの荒らした所へ高く積み重ねて、腐らないように屋根を作りつけて、かこって置くのだ。「よいしょ。」「よい来た。」「よいしょ。」「よい来た。」 宗保は、ねそを・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ 麦を荒らしちゃいかんが!」 それは、自分の畑を守っている宇一だった。「叱ッ、これゃ、あっちへ行けい!」 どれもこれも自分の豚ではなかったので彼は力いっぱいに、やって来るやつをぶん殴った。豚は彼の猛打を浴びて、またそこからワイシ・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・そして、その山を隅から隅まで荒らした。 這入って行きしなに縄にふれると、向うで鈴が鳴った。すると、樫の棒を持った番人が銅羅声をあげて、掛小屋の中から走り出て来る。 が、番人が現場へやって来る頃には、僕等はちゃんと、五六本の松茸を・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・二人が靴で踏み荒した雪の上へ新しい雪は地ならしをしたように平らかに降った。しかし、そこには、新しい趾跡は、殆んど印されなくなった。「これじゃ、シベリアの兎の種がつきるぞ。」 二人はそう云って笑った。 一日、一日、遠く丘を越え、谷・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・住み荒した跡だ。「まあ、こんなものでしょう」 と先生は高瀬に言って、一緒に奥の方まで見て廻った。「一寸、今、他に貸すような家も見当りません……妙なもので、これで壁でも張って、畳でも入替えて御覧なさい、どうにか住めるように成るもん・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫