・・・巌にも山にも砕けないで、皆北海の荒波の上へ馳るのです。――もうこの渦がこんなに捲くようになりましては堪えられません。この渦の湧立つ処は、その跡が穴になって、そこから雪の柱、雪の人、雪女、雪坊主、怪しい形がぼッと立ちます。立って倒れるのが、そ・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 私は――白昼、北海の荒波の上で起る処のこの吹雪の渦を見た事があります。――一度は、たとえば、敦賀湾でありました――絵にかいた雨竜のぐるぐると輪を巻いて、一条、ゆったりと尾を下に垂れたような形のものが、降りしきり、吹煽って空中に薄黒い列・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・それよりは客扱い――髯の生えた七難かしい軍人でも、訳の解らない田舎の婆さんでも、一視同仁に手の中に丸め込む客扱いと、商売上の繰廻しをグングン押切って奮闘する勝気が必要なんだが、幸い人生の荒波の底を潜って活きた学問をして来た女がある」と、それ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・どろ臭くて骨が堅うございましたけれど、容易に捕ることができましたので、荒波の上で、仕事するように骨をおらなくてすんだのであります。 かもめは、もうずっと南の方へいくという考えは捨ててしまいました。だいいち、人間というものが、ここにいても・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・私がまだ子供の時分、親たちにつれられて通ったことのある地方は、山があり、森があり、湖があり、そして、海の荒波が、白く岸に寄せているばかりで、さびしい景色ではあったが、人間や猟犬の影などを見なかったのだ。あの記憶に残っているところを、もう一度・・・ 小川未明 「がん」
・・・「よくこの荒波の上を航海して、この港近くまでやってきたものだ。なにか用があって、この港にきたものだろうか。」と、一人がいっていました。「ごらんなさい。あの船は止まっています。だれかあの船はどこの国の船か、お知りの方はありませんか・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・真夜中に荒波が岸をはい上がってテントの直前数メートルの所まで押し寄せたときは、もうひと波でさらわれるかと思った。そのときの印象がよほど強く深かったと見えて、それから長年月の後までも時々夢魔となって半夜の眠りを脅かしたそうである。また同じ島に・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ 判断と生きる方向とを文学的に求めてゆかず、浮世の荒波への市民的対応の同一平面において、その意味で「結婚の生態」は、今日の現実では作家が、文学をてだてとしてどんなに常識的日常性を堅めてゆくかという興味ある一典型をなしているのである。・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・だから外の国でのように家庭を城にして、それで浮世の荒波を防ぐというものではない。社会というものの上にある一つの小規模な連帯責任を有っている団体、そういう家庭で、おやじの身になっても、自分が死んでも社会が子供を保護してくれるという安心のある方・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・そして今日生活の荒波にもまれている八〇〇余万の戦災者。夥しい引揚者と復員者。六〇万人以上の未亡人と一二万人の孤児と六〇万の戦争による不具者とが生じたのであった。 第二次世界大戦の間じゅう、他の諸国ではその恐しい戦争の底を縫って、国際的な・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
出典:青空文庫