・・・日がだいぶん西にまわったころ、ガラガラとつづいてゆく、荷馬車に出あいました。車の上には、派手な着物を被ておしろいをぬった女たちのほかに、犬や、さるも、いっしょに乗っていました。「ああ、サーカスが、どこかへゆくんだな。」と、信吉は、思いま・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・重い荷を車に積んでゆく、荷馬車の足跡や、轍から起こる塵埃に頭が白くなることもありましたが、花は、自分の行く末にいろいろな望みをもたずにはいられなかったのです。 道ばたでありますから、かや、はえがよくきて、その花の上や、また葉の上にもとま・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・また、荷馬車がガラガラと夕暮れ方、浜の方へ帰ってゆくのにも出あいました。 男は、珍しい品が見つかると、心の中では飛びたつほどにうれしがりましたが、けっしてそのことを顔色には現しませんでした。かえって、口先では、「こんなものは、いくら・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・橋の上を通る男女や荷馬車を、浮かぬ顔して見ているのだ。 近くに倉庫の多いせいか、実によく荷馬車が通る。たいていは馬の肢が折れるかと思うくらい、重い荷を積んでいるのだが、傾斜があるゆえ、馬にはこの橋が鬼門なのだ。鞭でたたかれながら弾みをつ・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・黒橇や、荷馬車や、徒歩の労働者が、きゅうに檻から放たれた家畜のように、自由に嬉々として、氷上を辷り、頻ぱんに対岸から対岸へ往き来した。「今日は! タワーリシチ! 演説を傍聴さしてもらうぞ」 支那人、朝鮮人たち、労働者が、サヴエート同・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ジメ/\した田の上に家を建てゝ、そいつを貸したり、荷馬車屋の親方のようなことをやったり、製材所をこしらえたりやっていた。はじめのうちは金が、──地方の慾ばり屋がどんどん送ってよこすので──豊富で給料も十八円ずつくれたが、そのうち十七円にさげ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・着いた晩は、お三輪もお力の延べてくれた床に入って、疲れた身体を休めようとしたが、生憎と自動車や荷馬車の音が耳についてよくも眠られなかった。この公園に近い休茶屋の外には一晩中こんな車の音が絶えないのかとお三輪に思われた。 朝になって見ると・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・手車や荷馬車に負傷者をつんでとおるのもあり、たずね人だれだれと名前をかいた旗を立てて、ゆくえの分らない人をさがしまわる人たちもあります。そのごたごたした中を、方々の救護班や、たき出しをのせた貨物自動車がかけちがうし、焼けあとのトタン板をがら・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 女中が迎えに来て荷馬車で帰る途中で、よその家庭の幸福そうな人々を見ているうちににんじんの心がだんだんにいら立って来て、無茶苦茶に馬を引っぱたいて狂奔させる、あすこの場面の伴奏音楽がよくできているように思う。ほんとうにやるせのない子供心・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ そのうちに荷馬車の音がしておおぜいの人夫がやって来て、材木をころがしては車に積み始めたので、私はしばらく画架を片よせて避けなければならなかった。そこで少し離れた土管に腰をかけて煙草を吸いながらかきかけの絵の穴を埋める事を考えていた。・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫