・・・「君は何しろ月給のほかに原稿料もはいるんだから、莫大の収入を占めているんでしょう。」「常談でしょう」と言ったのは今度は相手の保吉である。それも粟野さんの言葉よりは遥かに真剣に言ったつもりだった。「月給は御承知の通り六十円ですが、・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 私の父は酒毒で死んだ。 彼は死ぬ一週間前まで、毎日一升の酒を飲んだ。「おれの身の中には、何万円という酒がはいっている」 莫大な借金を残して死ぬいいわけに、彼はそう言っていた。 しかし、彼が借金を残したのは、酒を買う金の・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ それは、一少女の演奏料としては、相手を呆れさせる、というより、むしろ怒らせるに足る程の莫大な金額であった。 しかし、その金額や、その一歩も譲らない態度は、庄之助自身を不遇な音楽的境遇に陥れた楽壇への復讐であった。 そしてまた、・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 資本家は、国内の労働者から搾取した利潤以外に、こうして、植民地から莫大な利潤をかき集めてくる。この有りあまって、だぶついている金で彼等は、労働貴族や、労働者の指導者を買収しようとする。これは実際存在することであり、資本家は、それらの裏・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・それだのに体量だけはわずかの間に莫大な増加を見せて、今では白の母鳥のほうがかえってひなの中の大柄なのよりはずっと小さく見えるくらいであった。一方で例のドンファンの雄鳥はと見るとなんとなく羽色がやつれたようで、首のまわりのあの美しい黒い輪も所・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・チャップリンのごとき天才は大衆を引きつけ教育し訓練しながら、笑わせたり泣かせたりしてそうして莫大な金をもうけているのである。 和歌俳諧浮世絵を生んだ日本に「日本的なる世界的映画」を創造するという大きな仕事が次の時代の日本人に残されている・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかしこういう流動に、さらに貨物車の影がレールの上を走るところなどを重出して、結局何かしら莫大な運動量を持ったある物が加速的にその運動量を増加しつつ、あの茫漠たるアジア大陸の荒野の上を次第に南に向かって進んでいるという感じがかなりまで強く打・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・の器械的当量が数量的に設定されるまで、それからまた同じように電気も、光熱の輻射も化合の熱も、電子や陽子やあらゆるものの勢力が同じ一つの単位で測られるようになるまでに行なわれて来た実験の種類と数とは実に莫大なものである。 人間の心の方則に・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・何か空中へ莫大な蜘蛛の網のようなものを張ってこの蛾を食い止めるくふうは無いものかと考えてみる。あるいは花火のようなものに真綿の網のようなものを丸めて打ち上げ、それが空中でぱっとからすうりの花のように開いてふわりと敵機を包みながらプロペラにし・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・何か空中へ莫大な蜘蛛の網のようなものを張ってこの蛾を喰い止める工夫は無いものかと考えてみる。あるいは花火のようなものに真綿の網のようなものを丸めて打ち上げ、それが空中でぱっと烏瓜の花のように開いてふわりと敵機を包みながらプロペラにしっかりと・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
出典:青空文庫