・・・その壁がつまり花道なんだ』『もう沢山だ。止せよ』『その花道を、俳優が先ず看客を引率して行くのだ。火星じゃ君、俳優が国王よりも権力があって、芝居が初まると国民が一人残らず見物しなけやならん憲法があるのだから、それはそれは非常な大入だよ・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・この間に七左衛門花道の半ばへ行く、白糸出づ。白糸 あ、もし、旦那。七左 ほう、私かの。白糸 少々伺いとう存じます。七左 はいはい。ああ何なりとも聞くが可い。信濃国東筑摩郡松本中は鵜でござる。白糸 あの、新聞で・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・一方は雑木山、とりわけ、かしの大樹、高きと低き二幹、葉は黒きまで枝とともに茂りて、黒雲の渦のごとく、かくて花菜の空の明るきに対す。花道をかけて一条、皆、丘と丘との間の細道の趣なり。遠景一帯、伊豆の連山。画家 (一人、丘の上な・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・皆足どりの、忙しそうに見えないのが、水を打った花道で、何となく春らしい。 電車のちょっと停まったのは、日本橋通三丁目の赤い柱で。 今言ったその運転手台へ、鮮麗に出た女は、南部の表つき、薄形の駒下駄に、ちらりとかかった雪の足袋、紅羽二・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・によって、近代劇的な額縁の中で書かれていた近代小説に、花道をつけ、廻り舞台をつけ、しかもそれを劇と見せかけて、実はカメラを移動させれば、観客席も同時にうつる劇中劇映画であり、おまけにカメラを動かしている作者が舞台で役者と共に演じている作者と・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 田舎芝居、菜の花畑に鏡立て、よしずで囲った楽屋の太夫に、十円の御祝儀、こころみに差し出せば、たちまち表の花道に墨くろぐろと貼り出されて曰く、一金壱千円也、書生様より。景気を創る。はからずも、わが国古来の文学精神、ここにいた。 あの・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・いつのまにやら、前場の姿のままの野中教師、音も無く花道より登場。すこし離れて、その影の如く、妻節子、うなだれてつき従う。ああ、頭が痛い。これあ、ひどい。節子、無言で野中に寄り添い、あたりを見廻し、それから・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・西川一草亭の花道に関する講話の中に、投げ入れの生花がやはり元禄に始まったという事を発見しておもしろいと思った。生花はもちろん茶道、造園、能楽、画道、書道等に関する雑書も俳諧の研究には必要であると思う。たとえば世阿弥の「花伝書」や「申楽談義」・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・芝居は相当よく分り、花道の効果、または能の表徴的な美も理解しているらしいが、日本語がちっとも読めず、読まねばならぬとも感じていないらしい。それで日本の文学は云々出来ず。 T・O夫人、山梔のボタン・フラワ。白駝鳥の飾羽毛つきの帽。飽くまで・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・同時に、左右の花道から、鼓、太鼓、笛、鉦にのって一隊ずつの踊り子が振袖をひるがえして繰り出して来た。彼方の花道を見ようとすると、もう此方から来ている。華やかな桃色が走馬燈のように視覚にちらつき、いかにも女性的な興奮とノンセンスな賑わいが場内・・・ 宮本百合子 「高台寺」
出典:青空文庫