・・・栗本は、将校に落度があったのか、きこうとした。が、丁度、橇からおりた者が、彼のうしろから大儀そうにぞろ/\押しよせて来た。彼は、それをさきへやり過ごそうとした。みんな防寒具にかゝった雪を払い払い彼につきあたって通った。ブル/\慄えている脚は・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・「何も彼も皆わたくしの恐ろしい落度から起りましたので。」 自ら責めるよりほかは無かったが、自ら責めるばかりで済むことでは無い、という思が直に※深く考え居りてか、差当りて何と為ん様子も無きに、右膳は愈々勝に乗り、「故管領殿河内の御・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 私は自分の落度を度外視して忠実な車掌を責めるような気もなければ、電気局に不平を持ち込もうというような考えももとよりない。 しかしこの自身のつまらぬ失敗は他人の参考になるかもしれない、少なくも私のように切符の鋏穴をいじって拡げるよう・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・畢竟婦人が家計の外部に注意せざりし落度にこそあれば、夫婦同居、戸外の経営は都て男子の責任とは言いながら、其経営の大体に就ては婦人も之を心得置き、時々の変化盛衰に注意するは大切なることにして、我輩の言う女子に経済の思想を要すとは此辺の意味なり・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 手伝の婆に此と云う落度があったのではなかった。只、ふだんから彼女の声は余り鋭すぎた。そして、一度でよい返事を必ず三度繰返す不思議な癖を持っていた。「れんや」 彼女に用を命じるだろう。「一寸お薬をとりに行って来て頂戴」「・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 何しろ、まだ、ここへ来て幾いだけもたたない人なんですしするから、手ぬかりが有っちゃあ私の落度だと思ってねえ。 実の娘より心配するんですよ、ほんとに。 病気の経過だの、物入りだのを、輪に輪をかけて話して、仕舞いにはきっと、自・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・細川忠利は、初めは只なんとなく彌一右衛門の云うことをすらりときけない心持で暮していたのだが、後には、彌一右衛門が意地で落度なく勤めるのを知って憎悪を感じるようになって来た。しかし、聰明な忠利は、憎いとは思いながら、何故彌一右衛門がそうなった・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫