・・・どうして素足でここへ来たか、平生用心深い子で、縁側から一度も落ちたことも無かったのだから、池の水が少し下がって低かったら、落ち込むようなことも無かったろうにと悔やまれる。梅子も民子もただ見回してはすすり泣きする。沈黙した三人はしばらく恨めし・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・の大問題であろうと思いますが、今宵死ぬかも知れぬという事になったら、物慾も、色慾も綺麗に忘れてしまうのではないかしらとも考えられるのに、どうしてなかなかそのようなものでもないらしく、人間は命の袋小路に落ち込むと、笑い合わずに、むさぼりくらい・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ その池に落ち込む小川も、又一年中、一番好い勢でながれて居る。はるかな西のかん木のしげみの間から、現われて来る流れは、小さな泡沫を沢山浮べながら、さも愉快そうにゆれゆれて流れ、池へ入る口では、せばめられた水嵩が、周囲の草や石にあたって、・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ この池に落ち込む、小川のせせらぎが絶えずその入口の浅瀬めいた処に小魚を呼び集めて、銀色の背の、素ばしこい魚等は、自由に楽しく藻の間を泳いで居た。この池は、この村唯一の慰場となって居た。 池の囲りを競馬場に仕たてて春と秋とは馬ばかり・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫