・・・そら、あの上の葉っぱが動いているだろう。――」 棕櫚の木はつい硝子窓の外に木末の葉を吹かせていた。その葉はまた全体も揺らぎながら、細かに裂けた葉の先々をほとんど神経的に震わせていた。それは実際近代的なもの哀れを帯びたものに違いなかった。・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・それこそ怒濤の葉っぱだった。めちゃ苦茶だった。はたちになるやならずの頃に、既に私たちの殆んど全部が、れいの階級闘争に参加し、或る者は投獄され、或る者は学校を追われ、或る者は自殺した。東京に出てみると、ネオンの森である。曰く、フネノフネ。曰く・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・川ふちの榛の木と木の間に繩がはってあって、何かの葉っぱが干されていたこともある。わたしたち三人の子供たちは、その川の名を知らなかった。 田圃のなかへ来ると、名も知れない一筋の流れとなるその小川をたどって、くねくねと細い道を遠く町の中へ入・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ しかし、これは、伝説でありまして、実際は、木の枝が風にこすられて、火が出るのを人間が発見し、その火を葉っぱに移して、だんだん自分の生活の中にいれて、それまでは、生で食べていた物をだんだん焼いたり、煮たりして食べることを知ったのでありま・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ 日本でも猫が葉っぱをたべたりするのかしらん。―― 床に黄色い透明な液体が底にたまった大コップがある。胆汁だ。斑猫はそのコップをよけ、前肢をそろえ髭をあおむけ、そっと葉っぱを引っぱっては食っている。ふさふさした葉が揺れるだけだ。音も・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ その縁先の庭で、もう落ちはじめた青桐の葉っぱを大きな音を立てて掃きよせていたシャツ姿の家の者が、「電車も、たまですが通ってますよ」と云った。この遠縁の若者は、輜重輪卒に行って余り赤ぎれへ油をしませながら馬具と銃器の手入れをした・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・「かあさん、あの人、黄色い葉っぱ描いてるよ」 おとなしやかな母親、それに答えず悠くり床几から立った。「あ、そろそろお池の方を廻って帰りましょうか」 水浅黄っぽい小紋の着物、肉づきのよい体に吸いつけたように着、黒繻子の丸帯・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・お茶の出しがらの葉っぱ、ね。あれを、はじめの時分は馬の餌に集めていたけれど、あとでは人間もたべろ、と云ったわ」「僕はなかでくったよ、腹がすいてすいてたまらないんだ」 暫く仕事をしつづけて、ひろ子によみとれない箇所が出て来た。「こ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・「葉っぱじゃない茎を吹くんじゃないんですか」「いや、確に葉っぱが鳴ったと思うんですがね」 浅くひろがった松林があり、樹の間に掛茶屋が見えた。その彼方に海が光った。 藍子は、額にかざして日をよけていた雑誌の丸めたのを振りながら・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・みのえの体のまわりにある草の中に、黒い実のついたのがあった。葉っぱが紅くなったのもある。一匹のテントウ虫が地面から這い上って、青い細い草をのぼった。自分の体の重みで葉っぱを揺ら揺らさせ、どっちへ行こうかと迷っているようであった。地面の湿っぽ・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫